New Year 2007 in Australia

 2007年 正月 オーストラリアドライブの旅

 2007年の正月休みをオーストラリアで迎えました。気候は日本の春のような感じで、一年中で最も日が長く、ドライブには最適な時期でした。
 オーストラリアへは過去10回程度仕事で出かけていますが、ドライブするのは初めてです。
 シドニー、メルボルン地区は、帰ってきてから聞いたのですが、千年に1度の大干ばつとのこと、夏だというのに牧草地はほとんどが枯れていました。
 とにかく、人口密度が日本の1/100(面積20倍、人口1/5)という土地柄、おそろしく広大で、延々と続く牧草地帯に感動しました。
 ドライブした距離は4,719kmと直線距離にして、東京からタイのバンコックまでに相当しました。面白いことに、昨年5月に行ったアメリカでのドライブ距離とほとんど同じでした。下のドライブルートを示しますが、毎日の詳細ルートは、各々のページに示してあります。



大画面スライドショー(文章なし) はここをクリック

日付    備考 走行距離 km
2006/12/26 1日目 シドニー空港からブルーマウンテンへ 192
2006/12/27 2日目 世界遺産 ブルーマウンテン 散策 154
2006/12/28 3日目 オーストラリアの首都、キャンベラへ 380
2006/12/29 4日目 スノーウィ・マウンテンズ経由 476
2006/12/30 5日目 コアラ鑑賞。フィリップ島、ダンデノン丘陵 452
2006/12/31 6日目 モーニントン半島 187
2007/01/01 7日目 メルボルン市内見学 47
2007/01/02 8日目 グレートオーシャンロード 381
2007/01/03 9日目 牧場地帯を縦断 543
2007/01/04 10日目 カウラの捕虜収容所跡見学 506
2007/01/05 11日目 ニューキャッスル海岸 404
2007/01/06 12日目 世界遺産バーリントントップス国立公園見学 444
2007/01/07 13日目 ハンターバリーのワイナリー 見学 350
2007/01/08 14日目 シドニー市内見学 173
2007/01/09 15日目 帰国 10

     

1日目 成田から出発、シドニーへ

 成田を昨夜の9:25に出発し、午前9時半に到着。お金をオーストラリアドルに変換し、インターネットで予約しておいたレンタカーを借り出発です。お金は成田で交換したほうが1ドルに付き5円有利でした。多少失敗しました。(成田で1$=102円、オーストラリアで1$=107円)。余談ですが、カードによる決済は平均95円でした。スーパーでの買い物もほとんどカードを使用しましたので多少安く上がりました。
 レンタカー置き場は空港を出てすぐ近くにあり、オーストラリア最大の空港にしては非常に小さく、北海道の旭川空港並みでした。また、空港内のお土産屋などは札幌千歳空港並みの大きさでした。
 借りたレンタカーはフォードのファルコン(6気筒、4000CC)でしたが、助手席のドアをバタンと閉めてもロックせず、ドアが跳ね返って開いてしまい、使用不可能なのですぐに交換してもらいました。
 本当は4WDを借りたかったのですが、カーナビ付きはファルコンしかありませんでした。カーナビは絶対的に必要です。
 ホテルは全て個人でのインターネット予約でしたが、問題は一度もなく、全てスムーズでした。
 空港を11時半ごろ出発し、ブルーマウンテンの基地、Katoombaに向かい、ホテル到着は午後2時で、日本時間では丁度正午でした。日本との時差は2時間しかないので、運転にはさほど問題はありませんでした。
 Katoomba はシドニーの西、70kmほどの所にあり、ブルーマウンテンの観光基地となっています。
 
 オーストラリアというと一番初めに浮かぶのは、広大な土地と大砂漠ですが、ブルーマウンテンは4000qもの長さのある大山脈の分水嶺にあり、カトゥーンバより西に行くほど、砂漠の様相を示します。
 カトゥーンバの標高は1000m程度とさほど高くはありません。
 世界自然遺産に登録されています。


空港から Katoomba へ

 オーストラリアは日本と同じ、左側通行なので助かります。
 昔はイギリスの植民地でしたから当然なのでしょう。


カーナビ

 カーナビは後付で、ひざの近くにあり、その上小さくて見にくく、もっぱら音声案内に頼る感じでした。
 ジャイロが付いていないため、メルボルン市内など、ビルの谷間に入るとなかなか衛星を捉えられず使用不可能になりました。
 エンジンをかけた後、カーナビのスイッチを入れないと動きませんが、そのつど、運転しながらは動かさないこと、安全運転に心がけることなどの注意書きが現れ、ACCEPT ボタンを押さないと動きません。かなり不便です。
 ただし、オーストラリア全体の地図が入っており、地図を開いて目的地を入れられるのは便利でした。(アメリカで借りたときはそれが出来ませんでした。)
 オーストラリアの交差点はサークルが多く、直進は Second Exit、右折は Third Exit となります。


Hotel Best Western

 今回のホテルは日本からインターネットで予約したのですが、ほとんどを Best Western にしました。
 ホテルを見つけてチェックインしてみると、このホテルは規模は非常に小さく、どうも家族経営の様な感じでした。オーストラリアでは朝食を出さないので、それが可能なのかもしれません。
 経営は日本のコンビニシステムと同じような感じで、Best Western の名前を付けているものの、運営と経営は各自に任されているようです。
 チェックインの後、インターネットで電子メールをチェックし、その後、フロントでブルーマウンテン観光の方法を聞き、見学に出発しました。
 スーパーマーケットでビール、夕食などを調達し、早めにホテルの部屋で食事をして昨夜の寝不足を解消しました。


路上のパーキング

 三姉妹の観光ポイントに到着したのですが、駐車場がありません。しばらくドライブして、路上にパーキングを見つけました。


エコーポイント

 まずはここから観光開始です。 
 エコーポイントはブルーマウンテンズの雄大な姿を展望できるポイントです。


3姉妹(スリーシスターズ)

 スリーシスターズは3つの巨大な石ですが、アポリジニの伝説によると、父親が娘たちを魔物から守るため石にして隠したのですが、娘たちは元に戻ることは出来なかったそうです。


 三姉妹が近くに見えます。


 仮にこの地も乾燥地帯だったなら、草木は育たず、グランドキャニオンのようだったかもしれません。

      

2日目 ブルーマウンデン近郊をドライブ
 
 ブルーマウンテンはアメリカのグランドキャニオンの地形と似ていますが、雨が降るので、山は木で覆われ大森林を形成しています。
 シーニックワールド近くの駐車場に車を停め、約1時間ぐらい軽いトレッキングをした後、世界一傾斜のあるシーニックレールウェイで谷の下まで降りて、森林地帯を約1時間程散歩をしました。帰りはシーニックケーブルウェイに乗り戻ってきました。 
 その後、左の地図に示すように、ブルーマウンテン一帯をドライブしてみました。
 ところどころで、山火事があったのでしょうか。木が燃えて枯れていました。
 

 今日は連泊のため、朝はゆっくりで、昨日仕入れた朝食、(パン、ジュース、ハム、チーズ、野菜などを部屋でとりました。
 朝食が付くか付かないかは国によって違うようです。アメリカではパンとコーヒーが、ヨーロッパではもっとしっかりとした朝食が一般には付いていますが、オーストラリアでは付いていませんでした。
 もっとも、丁度クリスマス休暇で、ホテルには一般にレストランが付属しているのですが、ほとんど全てのホテルでレストランは休業でした。
 Katoomba は1800年代中ごろから石炭の採掘で栄え、以来、シドニーに住む人たちの避暑地としても栄えてきました。
 左に、ホテルと三姉妹と、シーニックワールドの位置を示しました。


シ―ニックワールド

 ここからはシーニックスカイウェイとシーニックケーブルウェイとシーニックレールウェイの3本の観光用乗り物に乗ることが出来ます。
 駐車場に車を停めて歩いてゆくと、シーニックスカイウェイが見えて来ました。結果的には、このシーニックスカイウェイには乗りませんでした。


シーニックレールウェイ

 最初はシーニックレールウェイに乗って、谷まで下りてみました。
 このレールウェイの傾斜は世界最高だそうです。



 到着後、シーニックケーブルウェイ乗り場まで歩道橋が作られていたのでそれを歩いてみました。
 谷にはたくさんの巨木が生い茂っていました。


 一本の木が二つに割れ、中を覗けるようになっていました。昔、この中で火を燃やし、食事を作ったそうです。


シーニックケーブルウェイ

 戻りはこのケーブルウェイに乗ってみました。


崖下のドライブ

 アメリカのグランドキャニオンの場合、谷まで行こうとすると、歩くしかありませんが、ブルーマウンテンでは車で行けるので下りて行ってみました。
 下には広大な牧草地帯が広がっていました。
 走っている車はほとんど無く、ゆっくりとドライブしてみましたが、何処まで行っても同じような風景が続き、道も悪くなってきたので引き返しました。


ブルーマウンテン公園周辺道路をドライブ

 Katoomba からさらに北西方面にドライブしてゆくと、山火事のあとが見えて来ました。
 かなり大きな山火事があったとニュースで取り上げられていましたから、この辺りかも知れません。


ボタニカルガーデン 

 午後、時間があるので周辺をドライブし、近くにある、比較的大きくて有名な植物園を見てみました。日本は真冬ですがこちらは初夏を迎えようとしています。



 さすがに有名な植物園です。非常にたくさんの種類の花が咲いていました。



 食虫植物も植えられていました。



ジグザグ鉄道

 昔鉱山で使用されていて、今は観光j列車になっているジグザグ鉄道にも行って見ました。懐かしい蒸気機関車です。興味深く機関車を見て写真を撮っていたら、なんと、機関車に乗せてくれ、そのまま発車してしまいました。列車の入れ替えのため、前進、後退を繰り返し、約10分ぐらい、機関車に乗り、貴重な経験をしました。久しぶりに子供心に戻りました。


 機関車内に入れてくれました。なぜか、特別待遇です。
 なかなか停まらないので、どこまで連れて行かれるのか心配になりましたが、約10分程度で、機関車の入れ替えが終了しました。


夕食

 今日は連泊、2日目です。
 夕食は、昨日同様スーパーで仕入れ、部屋で食事です。今日はチキンの丸焼きにしました。

   

3日目 首都キャンベラ (Canberra) へ
 
 キャンベラは人工的に作られた首都で、一度行って見たいと思っていました。
 オーストラリアの首都を決めるとき、シドニーにするか、メルボルンにするか、お互いに譲らなかったので、結果的のその中間に、人工的な首都を作ったそうです。
 Katoomba からは、ゆっくり走って4時間程度で、お昼ごろ到着でした。途中は広大な牧草地帯が続きました。
 キャンベラは幾何学模様に作られた美しい街ですが、その規模は千葉市並みと小さく、クリスマス休暇のためか、街中はガラガラでした。
 国会議事堂、戦争博物館、人造湖、タワーなどを見学しました。

 Katoomba から再びシドニー方向に向かいました。



 途中、湖の近くに公園があったので寄ってみました。



 再び、キャンベラに向かいます。



 途中、砂漠のようなところを走りました。



 キャンベラに到着です。風景がどうやら街らしくなってきました。


 キャンベラ駅を見学に行ったら、列車を待っている人は1人も居なく、駐車場に停まっている車は数台しかなく、まさに、車社会であることを実感しました。
 日本なら町の中央は鉄道駅なので、つい、行ってみようと思ってしまいます。
 



キャンベラ市内

 今回見学した主な場所です。
 オーストラリアの道路には信号機がなく、大きな円を使用したいわゆる、サークルの交差点が多いのですが、運転の経験が少なくなかなか慣れません。右側から来る車が絶対的に優先で、車が右から来ないことを確かめ、円の中に入り、必要な道路に出るのですが、直径が100mぐらいある大きなサークルだと方向感覚を失います。特に、右折の場合は大変で、3つ目の出口から出るのですが、幾つ目の出口なのか分からなくなります。
 国会議事堂は2重円のサークルで囲まれていて、運転にはかなり手間取りました。まるでパズルです。
 ホテルにチェックインするとき、この町は運転が難しいと言ったら、小さい町で、非常に易しいと笑われてしまいました。



国会議事堂

 オーストラリアの国会議事堂です。
 カメラのシャッターを中国系の女性に頼んだら、彼女が大きな声を出して、私たちの周りにいた人たちを追い払って、二人だけにしてくれました。これには驚きました。日本人にはなかなか出来ない行いです。
 内部の一部が公開されていて、入ってみました。クリスマス休暇を迎え、ガラガラでした。


 国会議事堂から、オーストラリア戦争記念館が見えます。低くて見えませんが、途中には人造湖が横たわっています。



オーストラリア戦争記念館

 戦争記念博物館にも入ってみました。日本軍のオーストラリア侵略など、当時の様子が再現されていました。
 オーストラリアはイギリスとの同盟国であったため、日本との戦争の他、第一次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争などに関与しています。しかし、なんといっても日本との戦いが最大で、展示内容も日本との戦いが高い比重を占めていました。



 反対側に先ほど訪れた国会議事堂が見えます。



 湖の周辺もドライブしてみました。バアーリーグリフィン湖は人造湖です。



 展望タワーに上がってみました。キャンベラを一望できました。


      

4日目 キャンベラからセール市へ、山越えの長距離ドライブ
 

 スキーのメッカ、スノーウィ・マウンテンズを経由して Sale 市までのドライブです。
 スキー場には夏のためか、雪が全く無く、閑散としていていました。
 そこから山越えの道路を選んだのですが、ものすごい悪路には参りました。左側は断崖絶壁の砂利道で、道幅が狭く、対向車があったら、何処まで戻ればよいのか見当も付かないようなひどい区間もありました。ただ、牧草地帯のひろさには圧倒されました。
 宿泊地をセール市にしたのは、走行距離を勘案し、インターネットで調べたところ、ホテルをセールス市に見つけたためです。小さな町でした。
 



 スノーウィ・マウンテンズに向けて出発です。


 ジンダビン湖が現れたので一休みです。


 このようなへんぴな場所でもサイクリングです。


 小さなカーナビの表示通りに運転をしているので、現在地が良く分からなくなります。とにかく、普通の地図には出ていないような狭い道路です。
 ここは標高894mと標識が出ていました。


 車を停めて崖の下を覗くと、かなり美しい眺めでした。


 山岳道路が続きます。


 再び、平地に出ました。今までの緊張がほぐれ、ほっとしました。このような道路なら安全にドライブできます。


 セールス市のモーテルに無事到着しました。

     

5日目 コアラ観察とタンデノン丘陵散策
 
 セール市からメルボルンへドライブです。
 メルボルンに行く途中、コアラとペンギンで有名なフィリップ島に寄り、コアラ保護地で、沢山のコアラを見学し、その後、巨木が茂るタンデノン丘陵にも立ち寄りました。
 


 セールス市を出発です。


フィリップ島
 
 フィリップ島で、コアラと昔行ったことがるペンギン観測地に行ってみました。


 フィリップ島に到着しました。駐車場があり、歩道橋も整備されていたので、歩いてみました。


コアラ保護センター
 
 もともと、この島にはたくさんのコアラが住んでいますが、何時でも身近にコアラを観測できるように作られた施設です。


 フィリップス島の市街地を通ります。


 フィリップ島でコアラを見た後、同じ島の中にありペンギン行列で有名な海岸へも行って見ました。ペンギン行列は夜のみ可能で、かつ、写真も取れないので昼間の見学で間に合わせました。
 木の歩道の下に隠れているペンギンの子供を発見しました。じっとして、夜、親が餌を持って帰ってくるのを待っているようです。


ペンギンパレード観測地

 以前にメルボルンに来たとき、夕方の遅い時間にホテルを出発する観光バスに乗って、ここに来たことがあります。
 体長30cmぐらいの小さなペンギンが、よちよちしながら海から上がってきて、ベンチの周りのたくさんの小さな巣に戻ります。
 自分の巣を覚えていて、自分の子供に捕ってきた餌を与えるそうです。
 当時も写真はペンギンを驚かすので禁止でした。その時、ホテルに戻ったのは真夜中でした。


 再び、メルボルンに向けて出発です。


タンデノン丘陵
 
 メルボルン市内から東に30km程度の所に、巨木が茂るタンデノン丘陵があります。ホテルに行く通り道なので、見学してみました。確かに巨木が茂っていましたが、スケールは小さく、メルボルン市内から近いということで好まれているようです。


 空気が澄んでいれば、遠くにメルボルン市内が見えるそうです。

     

6日目 大晦日 モーニントン半島ドライブ
 
 1日、モーニントン半島をドライブです。
 オーストラリアはバカンスの真っ最中。海岸は何処も人で一杯でした。
 半島を一周し、ワイナリーで昼食。
 白ワインを1本購入し、ホテルへ帰ってから、飲み干しました。
 

 ホテルを出発です。


 途中、海岸を歩いてみました。シドニーに比べだいぶ南なので、気温が低く、泳いでいる人はあまりいませんでした。
 なお、メルボルンの緯度は仙台とほぼ同じで、シドニーは徳島と同じです。


 ゴルフ場もありました。


 散策道路が設けられていたので、歩いてみました。


ワイナリー
 
 美しいワイナリーがあったので、少し散策し、簡単な昼食をとりました。
 
 簡単な昼食をここで取りました。 
 ここからホテルまで、それほど遠くないので、運転は家内に任せ、私はビールを頂きました。

     

7日目 元旦 メルボルン市内見学
 
 メルボルンの市内を見学しました。とても、美しい町ですが、昨夜のカウントダウンの名残でしょうか。ところどころ、ゴミが散乱しておりました。
 一応、名所といわれるセント・パトリック大聖堂、世界遺産の王立展示館、カールトンガーデン、旧メルボルン監獄、博物館などを見学しました。
 メルボルンは人口380万人ほどのオーストラリア第二の都市で、キャンベラが出来るまではオーストラリアの首都でした。人口の割に、町は小さく、仙台程度の感じでした。
 中華街があったので、2時ごろ、昼食をとりました。
 東京の元旦はほとんどが休みで都心はガラガラになりますが、メルボルンは結構賑わっておりました。 



メルボルン市内へ

 ホテルは、市内の中心地から20分ほど離れたところにあり、市の中心地に向けて出発しました。



フリンダース・ストリート駅

 メルボルンを代表するビクトリア様式の美しい駅です。
 1854年、オーストラリアで初めて汽車が走ったのはこの駅からだそうです。


 市内には幾つもの公園があります。


市内を歩いて散策

 メルボルンには幾つもの大聖堂がありますが、町の中心にあるセントポールズ大聖堂やセントパトリックス大聖堂があり、入ってみました。
 メルボルンのチャイナタウンはオーストラリア随一の規模を誇り、50軒以上のレストランが軒を連ねています。
 ここで昼食をとりました。



王立展示館(世界文化遺産)

 1880年に開催されたメルボルン国際博覧会会場として建築され、19世紀に行われた大型博覧会会場の中で、唯一残っている建物として2004年、世界文化遺産に登録されています。
 今日は休館らしく、だれも居ませんでした。
 反対側にも行ってみました。



カールトンガーデンズ
 
 王立展示館の前にある公園を少し歩いてみました。とても広い公園です。



旧メルボルン監獄 

 1845年から1920年代まで使用されていた監獄で、内部を見学してみました。今はその一部が保存されていました。


市電
 市内には白と茶色の2種類の市電が走っていて、茶色の木製の電車は無料だそうです。



メルボルン博物館

 南半球では最大の規模を誇り、動物、植物、先住民文化などが展示されていました。



 ホテルは郊外にあります。結構大きなホテルでした。


     

8日目 グレートオーシャンロードと奇岩

 海岸の美しさと奇岩で名高いグレートオーシャンロードのドライブです。途中、アポロベイで滝を見学し、ケープオタウエィの灯台も見学しました。昔、使用された無線通信所が灯台の近くにありました。
 点在する海水浴場は何処も人で賑わっていました。海岸で遊んでいるようです。
 ドライブの途中、またコアラに出会いました。
 



 メルボルンとはお別れです。
 今日はグレートオーシャンロードを延々と走ります。


 ずっと、海岸通りを走ります。時々、休憩です。


 さらに走り、時々休憩です。


 まだまだ、海岸線が続きます。


Erskin Falls

 ローン市から9qほど山に入ると滝があると書かれていたので行ってみました。
 駐車場から少し歩くと滝が現れました。
 ここで昼食にしました。


 再びグレートオーシャンロードに戻り、走り続けます。


 車がたくさん停まっていたので何かと思ったらコアラが木の上で寝ていました。


 時々、市街地を走ります。


グレートオトウェイ国立公園
 
 グレートオーシャンロードは時に海岸を離れ、山中に入ります。
 グレートオトウェイ国立公園の南端にある Cape Otway に行ってみました。


Cape Otway

 オトウェイ岬には昔の通信施設や灯台が保存され、観光地になっています。
 この灯台は1848年に建設され、オーストラリア本土では最も古い灯台です。また、オーストラリア発の海底ケーブルが、こことタスマニア島の間に敷設され、ホバートとメルボルン間の通信が可能になった歴史があります。



 再び、グレートオーシャンロードを通り、奇岩がならぶ海岸へ向かいます。


奇岩海岸
 
 午後は、波と風にさらされ出現した奇岩の数々の見学です。12人の使途やロンドンブリッジなど、たくさんの奇岩を見学しました。
 近年、奇岩の崩壊が進み、ロンドンブリッジの片側の橋が落ちてしまいまっています。


Twelve Apostles

 まずは12人の使徒と名付けられた奇岩からの観光です。


Loch Ard Gorge
 
 ロックアード・ゴージとはロンドンからメルボルンに向かった移民船が、オトウェイ岬の灯台を濃い霧で見失い難破したことから、名付けられました。まさに奇岩です。


 少し歩いて、次の展望ポイントに向かいます。


 どこまでも入り組んだ湾が続きます。


猛烈なハエ
 
 オーストラリアを散歩していると、ハエの大群には悩まされます。とにかくたくさんのハエが顔の周りに寄ってきて、皆、往生していました。
 メガネの下から眼に入ってきたり、鼻の穴にまで入って来ます。ハンカチでいつもハエを払いながら歩くしまつです。
 戦後の田舎の経験を思い出しました。でも、これほどひどくはありませんでした。


ロンドンブリッジ

 昔はつながっていましたが、浸食により10数年前に崩れてしまったそうです。


宿泊地、ポートキャンベル
 
 宿泊地のポートキャンベルはとても小さな町でした。小さなスーパーが一軒あるだけで、そこで夕食を仕入れ、ホテルで食事をしました。
 少し歩いてみました。ゴルフ場がありましたが、誰でも自由に遊べる場所の様です。


 ハエがたくさん居るので、庭付きのレストランの屋外で食事をすると大変です。でも、皆さん、平気で食べています。
 さすが、ホテルの中にハエは全くいませんでした。どのようにして防いでいるのか不思議です。
 ホテルは満室でした。

      

9日目 牧草地帯をドライブ
 
 今日は牧草地帯を 500km 以上ドライブです。朝、早めの出発で、道路はガラガラでした。
 途中、道路を横切るコアラを発見し、木をよじ登るコアラをカメラに収めました。動いているコアラを見たのは初めてでしたが、その動きは想像以上に機敏でした。
 途中、もう一度、メルボルン市内を通りました。
 今日の宿泊地は Wodonga です。


モーテル
 
 宿泊したモーテルが道路に面していたので、ベランダでコーヒーです。


 朝、早めの出発です。


コアラを発見

 朝早くドライブをしていると、道路を渡るコアラを発見しました。車を停めて、写真に収めました。
 コアラがものすごく素早く走るのには驚きました。普通なら見られない光景です。


 途中の風景です。


 牧草地も砂漠のようになっていました。


 ホテルのある Wodonga に到着です。小さな町でした。。


ホテルに到着

   
 予定よりだいぶ早く着いたので、家内はホテルで洗濯をし、日干しです。太陽が強く、すぐ乾きました。
 周りには特に何も見る物がなさそうなので、ホテルでゆっくりです。
 

     

10日目 カウラの捕虜収容所
 

 今日は Wodonga から Orange まで500km以上のドライブです。朝早く出発しました。ただ、道路は非常に良く作られており、制限スピードは村の中の道でも100km、高速道路は110kmが多く、その上、空いているので、8時に出れば5時間後の午後1時には着いてしまいます。
 実際にはいろいろと見学しますので、ちょうどよい距離でした。
 途中、カウラの捕虜収容所を見学し、日本庭園も見学しました。
 昨年、NHKスペシャルでカウラの捕虜収容所に居た日本人の回顧録が放映されましたが、捕虜になるより死を選ぶようにと教育を受けた人たちの行動と、不可解な行動と思ったオーストラリア人の物語です。
 現地で手を合わせ、お国のためにと言われ戦った人たちに祈りを捧げました。このようなことが二度とあってはなりません。



 ホテルの様子です。朝食は部屋の中です。


 今日も大平原をドライブです。


カウラ ビジターインフォメーションセンター

 カウラはとても小さな町ですが、ビジターセンターはかなり充実しており、過去の戦争の資料が展示されていました。


 近くには素晴らしいバラ園があり、歩いてみました。


カウラ戦没者墓地、日本人戦没者霊園

 墓地の中の一角に日本人戦没者霊園が作られていました。カウラの人たちは、この地で亡くなった日本人のために墓地を作り、手厚く葬りました。
 この墓地はオーストラリアから正式に日本に割譲され、日本の領土となっているそうです。ただし、管理はオーストラリアの戦争墓地管理委員会がしているそうです。
 墓石には日本人の名前と死んだときの日付、年齢などが記されていました。捕虜は辱と教育されていた日本人はほとんどが偽名を使用していたとも言われています。


戦没者墓地
 
 日本人以外にも戦争によりたくさんの人たちが亡くなっています。その人たちの墓地も作られています。


カウラの捕虜収容所跡

 カウラには日本人をはじめ、イタリア人などたくさんの捕虜が収容されていました。
 オーストラリア人は、その人たちを手厚くもてなし、日本人捕虜も、平穏に暮らしていました。
 そこに、ある日本人将校が捕虜として入所して来ます。将校は、平穏に暮らす日本人に対し、捕虜になったら死を選ぶべきと怒りをあげ、自殺の手段として、脱出を企画します。1944年8月5日のことでした。
 約1000人の日本人捕虜がそれに同意し、脱出を企て、数時間のうちに約200名が銃殺されました。
 生き残った人たちは、再び捕虜として抑留されました。
 オーストラリアの収容所監視人にとって、なぜ、日本人はこのような待遇に対しても自殺を選んだのか、理解できなかったそうです。


日本庭園
 
 カウラには日豪友好関係を築く町として、1978年日本庭園が造られました。南半球では最大の規模を誇る日本庭園です。
 また、日本人戦没者霊園から捕虜キャンプ跡、日本庭園続く沿道には桜並木が植樹され、毎年9月、桜の季節には桜祭りが開催されるそうです。

     

11日目 オレンジ市からニューキャッスル市へ
 

 オレンジ市に宿泊した理由は特に無く、地図をみて、ドライブに適当な距離だからです。
 今日は、再びブルーマウンテンの近くを経由してシドニーの近くを通り、海岸を見ながら、ニューキャッスル市までのドライブでした。



ホテル Best Western
 


 シドニー方向に向かってドライブ開始です。


 途中、ブルーマウンテンの近くで、大きな山火事の跡を通りましたが、約10日前にもここを通っています。
 この火事は昨年の11月にあったようで、まだ、2ヶ月前のようです。日本でもテレビで放送されたそうですが、千年に一度の異常乾燥であるらしく、山火事も発生しやすかったようです。山手線内がすっぽり焼けたような感じで、その時ドライブしていたら、大変だったろうと思います。


 シドニーの郊外を通り、海岸方面に向かいました。


 シドニーからニューキャッスルに至る海岸は海水浴の名所です。
 ちょっと立ち寄ってみました。


Blackbutt Reserve ブラックバット保護区

 今日はあまり歩いていないので、ニューキャッスル市内の公園を散歩しました。
 家族連れのパーティがバーベキューの用意をしていました。薪なども公園内に据え付けてあるようです。勝手に利用しているようです。


 ニューカッスルはシドニーの約150q北に位置しています。
 19世紀半ば以降、近郊で採掘される石炭の積み出し港として急速に発展した工業都市です。市内と海岸べりを散策してみました。たくさんのパラグライダーが飛んでいました。
 遠くに灯台が見えました。


ホテル Best Western

 今までの Best Western と違ってすごく大きなホテルでした。ニューキャッスル市の郊外にありますが、この周りにはたくさんのモーテルがあります。

      

12日目 バーリントントップス国立公園
 

 最近、世界自然遺産に指定されたバーリントントップス国立公園を見学し、夏の海水浴として名を知られた セントラルコースを経由して ポートマックォーリーまでのドライブです。ニューカッスルからポートマックォーリーまで、約270qあります。
 オーストリアでは北へ行くほど赤道に近くなり、暑くなります。
 バーリントントップス国立公園には、太古からの自然が残る熱帯雨林が広がっています。
 ドライブして山の中まで入りましたが、閑散としたホテルが1軒あるだけで、観光設備らしいものは全くありませんでした。その点、日本の世界自然遺産に指定されている白神山地に似ていますが、何も無いのはそれ以上でした。
 そろそろ、ドライブも飽きてきました。海外旅行も10日ぐらいが良さそうです。
 


 途中、川のほとりで一休みです。ものすごくどよんでいて、ゴミがいっぱいの川でしたが、その中で子供が泳いでいました。驚きました。


バーリントントップス国立公園へ向かう

 車は山を登って行きます。


 バーリントントップス国立公園は、太古からの自然が残る熱帯雨林として、世界自然遺産に登録されています。


チェチェスターダム

 ダムの周りを歩いてみました。


 牧場地帯が広がり、カーボーイを何度か見かけました。


バーリントントップス国立公園 
 
 これと言った設備は何もありませんでした。人もほとんどいませんでした。車が数台、停まっていました。


 ポートマックォーリーの海岸を散歩してみました


 町はとても小さく開拓当時の面影を感じることが出来ました。
 市内散策後、ホテルに到着です。
 ここの緯度は鹿児島とほぼ同じです。

     

13日目 ワイナリー ハンターバレー見学
 
 ポートマックォーリーから再びニューキャッスルに戻りました。
 途中、ワイナリーで有名なハンターバレーに立ち寄りました。ヨーロッパやアメリカの広大なワイン畑と比べると、そのスケールははるかに小さく、生産地というよりは観光地として成功しているようです。


 ホテルでの朝食です。オーストラリアでは、朝食が付いていないのが一般的で、近くのスーパーで前もって勝っておく必要があります。
 インターネットは必ず利用可能になっています。



 ワインで有名なハンターバレーに到着です。



ワイナリー見学 

 ドライブしていると、たくさんのワイナリーの看板が出ていたので、立ち寄ってみました。延々と続くヨーロッパやアメリカのワイナリーとは異なり、比較的小さな規模でしたが、ワインを製造する小屋は立派でした。


 ワイナリーの庭にはたくさんの花が植えられていました。


      

14日目 シドニー見学

 いよいよ、最後の宿泊地、シドニーです。ハーバーブリッジを渡り、オペラハウスに車を停め、その近くを歩いて見学しました。
 シドニーも高層ビルが林立し、カーナビは完全に動かなくなりました。ホテルを探すのに苦労しましたが、次回からは郊外のホテルを選ぶようにします。大都市のホテルは、料金も高く、その上、駐車場も有料となります。
 午後1時少し過ぎ、ホテルにチェックインし、その後、再び市内を歩いて見学しました。



 これからニューカッスルのホテルを出発です。


シドニー近郊に到着

 遠くにシドニー市街が見えて来ました。シドニーは人口460万で、オーストラリア最大の町です。英国によるオーストラリア最初の入植地でもあります。


ハーバーブリッジ
 
 世界的にも有名な、そして、シドニーを代表する施設です。
 1923年に完成しています。全長は 1,500mで、アーチの最上部の高さは134mにもなります。
 シドニー北部と市街地を結んでる交通の要所です。
 橋を渡ると大市街地です。

 


市内の観光
 
 市内のオペラハウス、シドニー湾、ハイドパーク、セントメリーズ大聖堂などを観光しました。


オペラハウス

 世界遺産にも指定されているシドニーを代表する建物です。斬新なデザインですが、その代わり、予想した3年の工期は14年かかり、その費用も予算を大幅に超えたそうです。完成したのは1973年でした。
 その周辺も歩いてみました。


ハーバーブリッジ
 
 切符を買うと、頂上まで歩いて登れるそうです。ただし、案内人がいて、それに付いて登るのだそうです。数組の列が見えました。


 シドニー湾から市内の方に歩いてゆきました。


日本人のパフォーマンス
 
 街中でパフォーマンスをしている少年がいました。よく見ると、日本人でした。


ハイドパーク
   
 シドニーを代表する広い公園です。ロンドンのハイドパークと同じ名前なのも、なにか、シドニーの歴史を感じさせます。
 一応、名所らしいところを見学し、妻がお土産を買っている間、公園で眠っていたら、眠り姿を撮られてしまいました。


セントメリーズ大聖堂

 オーストラリアにカトリック教の神父がやってきたのは1820年で、この教会の礎はその翌年にここに築かれました。
 現在の建物は1928年に完成していますが、建築には60年の歳月がかかったそうです。
 ただし、資金難のため、写真右側の2本の尖塔は1998年から2000年までの2年間をかけて造られたまだ新しい尖塔です。


 公園の中には、第一次世界大戦で亡くなった兵士を祀るアンザック戦争記念碑が立てられていました。
 ホテルはハイドパークに隣接してありました。

 ホテルは市内のためか、部屋は狭く、駐車場も有料でした。しかし、歩いての観光には便利でした。

      

15日目 シドニーから帰国
 
 いよいよ、10:40発のJAL772便で帰国です。安全を見て、朝早くホテルを出発し、空港まで、高速を使用せず、30分で到着でした。
 借りた時と同じ場所にチェックインして、ハーツレンタカーの係りの人に鍵を渡し、その人はガソリンが満タンかどうかをチェックしてOKとなり、空港のハーツのカウンターで、レシートを貰って終わりです。
 いつものように、対人、対物、自損など全ての保険に入っているので、車の状態のチェックはありませんでした。
 シドニーは小さい空港で、レンタカー置き場から100mぐらいで、空港のチェックインカウンターに着きました。
 15日間の走行距離は 4,720km でした。直線距離にすると、東京からタイのバンコックまでの距離に相当します。レンタカーの代金は、約25万円とアメリカやカナダに比べ倍以上しましたが、日本よりはずっと安いと思います。小さな車でカーナビが付いていない車だと、この半額ぐらいのもありますが、カーナビは絶対に必要です。さもないと、地図をたくさん買う必要があり、時間的ロスも多くなります。


 無事に空港のレンタカー置き場に到着しました。空港までわずか100m程度です。
 いつもの様に、JALのラウンジで朝食を取り、ゆっくりとした時間を過ごします。私の楽しみは、何時も一杯のビールです。




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