ビジネスクラスで行くアフリカ南部

          4ヶ国周遊11日間
2008年10月11日−21日

阪急交通社 トラピクス

                                

 アフリカの南端近くに喜望峰という岬があり、ポルトガル人、バスコダ・ガマがそこを通ってインドに到達したと習ったのは中学生の頃だったと思いますが、日本からはあまりに遠く実際に行って見るなどとは考えてもいませんでした。
 確かになぜそんな所に何しに行くのだろうかという思いもありますが旅はとにかく楽しい。単純に行ってみたいと思いつくともう止められなくなります。
 ビクトリアの滝やジャカランダの花も聞いたことはありますが、その場所を注意して調べたこともなく、旅行を申し込んで、出発直前になり滝や花もあることを知りました。
 家内がいろいろと調べてこの時期を選んで頼んだようですが、南ア、プレトリアのジャカランダの花はちょうど満開で、町全体が紫色に染まっていました。一方、乾季のためビクトリアの滝は一部しか流れておらず豪快な瀑布は見られませんでした。ただしガイドさんによると、その時期はしぶきでよく見えず今が一番よく滝を見ることができるそうです。乾季のため一度も雨に降られませんでした。
 南アは非常に遠いので今回はビジネスクラスで行くと明記されたツアーに申し込んでみました。驚いたことに参加者は3組のご夫婦だけで合計6名でした。
 もし今までの数あるツアーでどこが一番良かったかと聞かれたら即座に南アと答えるかもしれません。その一つの理由は、人数がわずか6名と少ないにも拘らず成田からの添乗員が付き現地ではドライバー、現地ツアー添乗員も付きます。いわば至れり尽くせりの旅でもありました。それといずれも退職組で同じような価値観を持っていたこともあります。その上、滝や花、天候などは訪問時期によって著しく変わってしまい今回は幸運に恵まれたこともあります。 


大画面スライドショー(文章なし) はここをクリック
 全画面にしてご覧ください。1枚目から2枚目に移る際、時間のかかることがあります。ただし、2枚目からは軽快に動きます。


 今回の旅は、4カ国を訪問すると言っても、ザンビアとジンバブエはビクトリアの滝を訪問しただけであり、ボツワナはチョベ国立公園を訪問しただけで、それ以外の所へは行っておりません。現地の様子を見るには程遠いものがあります。ただ、ちょっと垣間見る現地人の貧しさから全体を想像するのみでした。
 ただし南アではヨハネスブルグ、プレトリア、ケープタンの街中を車で走り黒人居留区も見学し歴史や現在を見ることが出来ました。
 南アの治安の悪さは有名ですが実際にそのひどさも肌で感ずることが出来ました。
 アフリカの中央を赤道が通り南アは南半球に位置し、今は春を迎えたときでしたが緯度から北半球に直すとビクトリアの滝はタイのチェンマイ、ヨハネスブルグは台北にケープタウンは広島あたりに位置しています。

 



観光内容 宿泊地
1日目 成田からマレーシアへ、その後、ヨハネスブルグへ出発
2日目 ビクトリアフォールズ市に到着、その後、サンセットクルーズへ ビクトリアフォールズ
3日目 チョベ国立公園ツアー ビクトリアフォールズ
4日目 ジンバブエ側からビクトリアの滝見学 ビクトリアフォールズ
5日目 サンビア側からビクトリアの滝見学、午後、ヨハネスブルグへ ヨハネスブルグ
6日目 世界遺産スタークフォンテン洞窟見学 ヨハネスブルグ
7日目 プレトリア市のジャカランダの花観光、その後、ケープタウンへ ケープタウン
8日目 テーブルマウンテン、ケープ半島、喜望峰などの観光 ケープタウン
9日目 世界遺産ケープフローラ保護地域へ、カーステンボッシュ国立植物園観光 ケープタウン
10日目 ヨハネスブルグ経由クアラルンプールへ
11日目 クアラルンプールから成田へ



      
1日目 成田からマレーシア、クアラルンプールへ
   
               その後、ヨハネスブルグへ


 今回の旅は、成田から南アまでマレーシア航空のビジネスクラスを使うのもでした。たぶんマレーシア航空はビジネスクラスを安く旅行業者に卸しているのだと思います。
 南アは本当に遠く、自宅を出てから、ビクトリアフォールズ市のホテルに到着するまで、36時間と25分もかかっています。主な理由は便数が少なく途中での乗り換えに5時間ぐらいの待ち時間が2回もあるのが大きな理由でもあります。ただ、その間、航空会社のラウンジを使用できるのでゆっくりと時間を過ごせました。

マレーシアの国旗



 海外旅行を躊躇する人の多くは行き帰りの飛行機ですが、ビジネスクラスならその苦痛を喜びに変えてくれます。ただ、数回分の費用がかかってしまうので滅多に利用できないのが残念です。


 
家を出る 8:30 時間
成田集合 11:30 3:00
成田出発 13:30 2:00
KL到着 19:40 7:10
KL出発 1:05 5:25
ヨハネスブルグ到着 5:40 10:35
ヨハネスブルグ発 10:40 5:00
リビングストン到着 12:30 1:45
ホテル到着 14:00 1:30
36時間25分



      

2日目 ビクトリアフォールズ市に到着、その後、サンセットクルーズへ 

 
ザンビアの国旗

ジンバブエの国旗

 

 南アのヨハネスブルグに到着したのは、成田を出発してから、25時間もかかっています。そこから、さらにザンビアのリビングストーン市に向かいますが、飛行機は1日1便しかなく、約5時間待つことになりました。幸い、空港に隣接するホテルでシャワーや食事をとることができました。旅行代金に含まれているのでしょうか、すべて無料でした。
 ヨハネスブルグには4日後再び戻ってきて、それ以降、ずっと南アで過ごすため、時間のある今、南アの通貨、ランドを買うことにしました。
 ガイドさんによると、数か月前に来た時の1ランドは20円でしたが、今は12円弱で、その価値が半分になって居るとのことでした。
 日本に帰ってから知ったのですが、最近、資源国の南アやオーストラリア、ロシアなどの通過が軒並み下落していました。
 数か月前まで、資源の高騰に苦しんでいた日本にとって、それが全く逆転したのですから、経済の動きは恐ろしいものです。
 ただし、資源が重要であるには変わりがないので、このような状態が長く続くとは考えられません。



ビクトリアの滝

 リビングストーン空港に着陸する直前、眼下にビクトリアの滝が現れました。初めて見る滝ですが、滝からは水煙が立ち上がっていて、あれがビクトリアの滝だということはすぐにわかりました。滝つぼからのうねりくねった川の様子も写真を見ているようによくわかりす。それから少し飛ぶと今度はたくさんのバウバブの木が、砂漠のような大地に根を張っています。いよいよ今回の旅の出発点に到着です。



リビングストーン空港

 この空港はビクトリアの滝の見学者のためにあるようなもので、幾つかの都市と結ばれていますが、田舎の小さな空港でした。のんびりとした風景で、現地の人が空港入口の階段に座って、ゆっくりと時を過ごしていました。バスはすべて小型で、大型バスを見ることは希でした。


 昼食は飛行機の中で取る予定でしたが、残念ながらジュースなどの飲み物しか出ませんでした。ホテルに行く途中にアメリカスタイルのマーケットがあり、そこでサンドイッチを買い、バスの中での昼食でした。代金は旅行業者が支払いましたが、ここではドルが使用できました。現地の通貨のインフレは驚異的で、我々はザンビアとジンバブエ、ボツワナでは現地通貨を持ちませんでした。ドルが問題なく通じました。



ジンバブエのハイパーインフレ

 ジンバブエは、第1次大戦後、イギリスの植民地となりイギリス領南ローデシアになりました。その結果、国土のほとんどは白人農場主の私有地となってしまいました。
 その後、黒人による独立運動がおこり、1980年、ジンバブエ共和国が成立しました。1989年からはロバート・ムカベが大統領に就任し、現在に至っています。
 ムカベは極めて強権的な政治を断行し、2000年には白人所有農場の強制収用を発令し、黒人農民に再配分を行いました。その結果、農業技術が失われるなどして、経済的に疲弊してゆきました。
 ムカベ大統領は経済の専門家ではありませんでしたが、大統領命令を出し、経済の困窮を改善するため、貨幣の大増刷を実施します。その結果、超インフレに見舞われ、世界でも戦後最悪と言われるハイパーインフレに見舞われました。
 国内の通貨の信用が全くなくなり、結果的にはドル紙幣を使用することにより、その混乱を回避することになりました。



国境の橋

 ザンビアとジンバブエの国境はビクトリアの滝を作るザンベジ川により分けられ、下の写真の橋は、滝の下流にかけられています。この橋の両側に税関があり、まず、ザンビアの税関で出国の手続きをし、パスポートンにハンを押してもらい、橋を渡ってジンバブエに入ります。その時、ひとり当たり80US$の入国税を取られます。橋の中央にはバンジージャンプ用のテントがあります。老人は無料でできるそうです。飛び込むのは一瞬とういうこともあるのでしょうか、これから何度もこの橋を見ることになりますが、飛び込む瞬間を見ることは出来ませんでした。飛び込む人がいると、橋には人がたくさん集まるのですぐに分るそうです。
 ザンベジ川はアフリカ大陸で第4番目に長い川で、一番長い川はナイル川です。



キングダムホテル The Kingdom Hotel

 これから3連泊するホテルは滝の近くにあります。池やプールも付いていました。また、隣接してカジノもありました。
 今回はいろいろな国に泊まるので、成田で万能コンセントを買ってきましたが、ホテルの壁には、各種のコンセントが取り付けられていて問題ありませんでした。このシステムは、ヨハネスブルグのホテルでも、ケープタウンのホテルでも同じでした。


サンセットクルーズ 

 ホテルで一休みして、サンセットクルーズに出かけました。ビクトリアの滝の上流を船に乗り、動物を見ながら夕焼けを見ようとするものです。飲み物はすべて自由でした。ガイドさんも一緒にビールで乾杯でした。
 水の流れは極めてゆっくりで、上流がどちらなのかほとんど分かりません。大きな池の中をクルーズしているようです。船の先端に、現地のたくましい青年が、動物を探しています。見つけると、船は速度を上げ近づいて行きます。


 船がカバを見つけました。ときどき、大きな口を空けます。


 時々、ワニを見つけると船は近付いて行きます。 


 突然、象が現れました。しばらくして、象が広い川を渡りだしました。何度も渡っているのでしょう。ゆっくりと鼻を上にあげ渡ってゆきます。けもの道というのでしょうか、上陸したところは、踏み固められており、歩く道は決まっているようでした。


 ゆっくりと日が沈み、長い一日が終わりました。夕食はホテルの食堂でした。9時から現地の人のダンスショーがありましたが、疲れていたので、早めに休みました。



      
3日目 チョベ国立公園 サファリーツアー 

ボツワナの国旗


 ビクトリアの滝からザンベジ川を上流に向かい、さらにチョベ川を上流に向い合計、約70kmぐらい行った所にチョベ国立公園があります。我々はホテルから小型車に乗りボツワナに入国します。そこにKasane という村があり、4輪駆動車に乗り換えツアーが始まります。
 この Kasane という村は、ボツワナ、ジンバブエ、ザンビア、ナミビアの4カ国の接点でもあります。
 チョベ国立公園には7万頭のゾウが住んでいて、その密度は世界最大だそうです。その他、たくさんの動物に会うことが出来ました。

 出発前に、ホテルの周りを散歩してみました。従業員のほとんどは現地の黒人でした。
 いろいろな仕事の中でも警備員は非常に人気があるそうです。特に頭や体を使うわけでもなく、立っていても仕事になるので楽なのだそうです。失業率は非常に高いので、警備員になれれば幸せなのでしょう。
 ホテルの食堂は屋外と仕切られておらず、天井には扇風機が付けられて居ました。ガラスがなくても虫などが入ってこないのでしょう。
 空調がなくても年中快適に過ごせるのはうらやましい事です。




 朝の出勤風景です。ほとんどの人は歩いて仕事先に向かっています。自転車もあまりないようです。



 ボツワナに向けて走っていると、突然、ゾウが現れました。公園でなくても、ゾウはいろいろな所に住んでいるようです。


ジンバブエからボツワナへ入国。

 ジンバブエを出国するとき、パスポートを提示し、判を押してもらい、さらに200mほど車で行くと、今度はボツワナの入国管理棟があり、そこでパスポートを提示し、各自、20US$の入国税を支払い、再度バスに乗り、チョベ国立公園へ向かいます。このあたりは平地が耕され、バナナ畑が続いていました。


 いよいよチョベ国立公園に到着しここで4輪駆動車に乗り換え、サファリーラリーの開始です。ボツワナは数名に一人がエイズに感染していると言われています。公園の入口には無料のコンドームの箱が置いてありました。


 インパラの群れです。動物を見かけると車は一旦止まりますが、インパラはあまりにたくさんいるので、もう止まらなくてて良いということにしました。
 イボイノシシ。草を食べるとき前足を折ります。



 いろいろな野鳥も。何を食べているのでしょうか。

       
 ゾウの群れが小さな泥沼にかわるがわる入っては体に泥を塗りつけていました。時々、乾いた土も鼻で吸い込み、その上に降り注いでいました。


 キリンの死骸が置き去りで、皮だけが残されていました。


 途中、車からちょっと降りて、冷たいジュースなど、飲みもの配給がありました。車から降りてもよい場所は、かなり制限されているそうです。車から少し離れすぎると注意されます。ジュースを飲んでいると、突然、3匹のこずれの象がブッシュから現れ、目の前を過ぎ去ってゆきました。


 今度は象の大群が現れました。我々全員はすぐに車に乗り、その後はずっとにらめっこです。大群はじっとこちらを見てどうしようか考えているようです。「こちらにくるなよ」と思わず叫んでしまいました。そのうち、先頭のリーダーが横に向かって歩き出しました。大群はリーダーに導かれて去ってゆきました。



 しばらく走ると今度はゾウさんたちが道路をふさいでいます。やはり睨めっこすること数分です。こちらは緊張しますが、ゾウは何事もなかったように道をあけ横に去ってゆきました。


 サバンナヒヒのようです。



 昼食を公園内のホテルで取り、午後は船でのサファリーです。小さな船で、我々のグループ専用でした。小さいながらトイレも付いていました。



 船は動物を探しながらいろいろな方向に進みますが、このチョベ川は川というよりは沼のようで、水の流れはほとんどありません。ただ、万一、船から落ちると、ワニやカバがたくさんいるので、救命胴衣などを着けていてもあまり意味が無いそうです。
 川の中州には、ゾウやカバ、クードゥー、セーブルアンテロープなどいろいろな動物が、一生懸命草を食べていました。今は乾季なので、この中州も姿を現していますが、雨期になると川になってしまうそうです。



 カバに近寄ったところ相手を怒らせたようです。その中の一匹が猛烈なスピードでこの船に近付いてきました。
 船は全速力で逃げました。怖かったです。



 トカゲも居ました。大きなトカゲです。



 ゾウが2匹並んでいます。近づいてみると、水草を一生懸命食べていました。
 

 カバは一般に昼間は水中に居て、夜になると食べ物を探しに出てくるそうですが、この中州には肉食動物が来られないので、昼間も安心して草を食べているそうです。


 黒い鳥が白い鳥の卵を探しています。白い鳥は何度も何度も黒い鳥に向かって行きますが、執拗に白い鳥の卵を探しています。


 ワニが水から上がると、すぐにドタンキューと横たわり、じっと動かなくなりました。体温が下がりすぎ、日光浴が必要になったのでしょうか。

 

 トカゲでなくワニのようです。



 公園の村を後にして、再び、ジンバブエのホテルに戻ります。公園に働く人の住宅でしょうか、かなり貧しそうです。



 途中、バオバブの大きな木があり、写真に収めました。星の王子様の住んでいた星を思い出しました。


 再び国境を越えます。ジンバブエはボツワナより貧しいので、荷物の検査は厳しいそうです。場合によっては数日間待たされるそうです。



 ジンバブエに入り一般道を走っていると突然運転手が車を止めました。キリンが草を食べています。
 最初、運転手に言われてもキリンがどこにいるのかわかりませんでした。
 高速で走っている運転手がキリンを見つけたのには驚きでした。



 夜は隣のホテルでアフリカンバーベキューです。いろいろな肉を食べられます。
 芋虫の丸焼きもありました。食べると証明書を書いてくれます。私も食べましたが、墨を食べているような感じでおいしくありませんでした。


 女性にはレストランの入り口で、体に巻く民族衣装を付けてくれ、頬には墨を入れられました。
 現地の人が、顔にいろいろな模様を描いて呉れました。同じ模様はありませんでした。


 現地の男性と女性が動きの激しいダンスをずっと続けていましたが、最後は全員が輪になり、踊った人が他の人を指名して、夜遅くまで踊りが続きました。家内も指名され踊りました。


       
4日目 ビクトリアの滝見学:(ジンバブエ側から)
    
 来るとき飛行機から撮った写真を見ると、滝の全容がよく理解できます。川の向こう側がジンバブエでこちら側がザンビアです。空港はザンビア側にありホテルは滝の近くにあります。ただしどのホテルからも滝を見ることは出来ません。
 乾季のため水量が少なく、川幅は1,700mもあるにも拘わらず、滝が出来ているのはジンバブエ側の一部分です。川の大半は干上がって枯草が見えます。滝の少し下流に橋がかけられ、その両側に税関があります。
 赤い線は今日歩いた所で、青い線は翌日の午前中に歩いた所です。
 雨季には雨や滝しぶきによる霧で滝が覆われてしまい、見ることができず、一方、乾季は水量が少なく、ベストシーズンは1,2ヶ月前の乾季で、かつ多少水量のある8月と9月ころだそうです。



 いよいよ滝の見学です。公園に入ると我々のグループに一人の案内人が付きそれからずっと案内してくれました。もっとも、ただそばにいるだけで、日本から一緒に来たガイドさんがいろいろと説明してくれました。
 滝の見学は上の写真の赤線のように往復、別な歩道を通ります。
 まず、左の6枚の写真のように入場券を見せ、ゲートを入り、滝から少し離れた歩道を通って一番遠くの、橋の見えるところまで行きました。
 公園の入口に、本日は月光による虹見学ツアーを開催するとの看板が立っていました。我々は6名で相談し、今夜も来ることにしました。



 崖の先端からジンバブエ側を見ると遠くに滝が見えます。しぶきで虹が出ていました。


 崖をはさんで、前方の滝を見ていると、数名の水着になった男女が見えます。何をするのだろうと見ていると、滝の直前に水壺があり、そこへ飛び込んでいるようでした。どうも我々のDNAとは違っていて、危険な状態に自分を置くと快感を感ずるようです。



 崖に沿ってジンバブエ側に戻ってくると滝の勢いはますます大きくなり、轟音が聞こえます。落差は108mもあるそうです。歩道を歩いていると、乾季でもしぶきのためか草木が青々としています。緯度から見るとここはまだ亜熱帯ゾーンなのでしょう。シダが茂っていました。



 階段を下ると、絶壁の途中から滝を眺めることが出来ました。入口には猿が我々を全く無視して、蚤取りをしていました。
 この滝を最初に見つけたイギリスの探検家兼宣教師、リビングストンの像が立っています。リビングストンはその時の女王の名をとり、滝をビクトリアフォールズと名付けました。



 滝のゲートを出てしばらく走ると、大きなバウバブの木がありました。車を止め、写真を撮っていると、どこから来たのか、たくさんの黒人がお土産を道路に並べ始めました。なぜ、机などに並べて置かないのでしょうか。



 街に近くに、お土産屋がありました。屋根はトタンで、品物は新聞紙の上に置いてあります。ここでは新聞紙も貴重品です。



 昼食後、我々の隣にある The Victoria Falls Hotel の庭を歩いてみました。中庭にはマンゴーがたくさんなっていました。まだ春なので、実は青く小さいのですが、鈴なりにマンゴーがなっているのには驚きました。街路樹にもたくさんなっていましたから、日本の柿のようでいたる所にあるようです。



 今日の午後は自由行動なので、何をしようか迷ったのですが、街の中心まで歩いて10分ぐらいだし、小さな町なので、行って見ることにしました。ガイドさんによると昼間なら危険はないそうです。
 まず、ホテルに付属するカジノを覗いてみました。ほとんど人は居ません。広いカジノに2名の黒人が遊んでいただけでした。ジンバブエの通貨のインフレは驚異的なようです。



 ビクトリア滝の鉄道駅がホテルから5分ほどの場所にあり、まずはそこへ行ってみることにしました。ホテルの外にですとすぐに人が寄ってきてお土産を売りつけます。駅まで200メートル程度ですが、うるさく付きまどいます。町中まで歩いてゆこうと思ったのですが、危険を感じたので中止しホテルに戻りました。



 今日は満月で快晴です。満月の前後3日間、滝に入場する門を開けると聞き、行ってみました。午前中に歩いた道とほとんど同じルートを月明かりの中、滝を見ながら歩きました。月光により滝の中に浮き上がった虹を見るのがこのツアーの売り物です。確かに眼下に月明かりによる虹を見ることが出来ました。
 滝を月光で見るのが目的なので、月光以外、明かりはまったくありません。樹木の中に道を歩くときは、家から持ってきた懐中電灯が役に立ちました。


       
5日目 午前、ビクトリアの滝見学:(ザンビア側から)
     
                  午後、ヨハネスブルグへ 


 再び、ビクトリアフォール市の朝の風景です。たくさんの人が銀行の窓口に並んでいました。超インフレのためでしょうか、現金を下ろせる日がいろいろと決まっているそうです。



 ザンビアに戻るため、もう一度、ジンバブエ側で出国手続きを行い、橋を渡り、今度はザンビアで入国手続きです。橋を歩いて渡っている人がたくさんいます。観光客もたくさんいます。ザンビア側から滝を見るためでしょう。



 ジンバブエからザンビアへ入る人の手続きで長い列が出来ていました。私たちは現地のガイドさんに連れられ、一番前に行ってパスポートを見せ判を押してもらい、すぐに入国完了です。現地の人の冷たい眼が忘れられません。入国税金の関係で優遇されているようです。



 滝のゲート近くにはお土産屋さんがありました。


 乾季のため、水はほとんどありません。水量が多くなると、こちらからの眺めの方がジンバブエ側より良くなるそうです。



 橋の下にちょうどゴムボートに乗って下るラフテング (Rafting)を見ることが出来ました。
 3時間ぐらい下る半日コースと、6時間で25kmぐらい下る一日コースがあるそうです。
 いずれもプロが同乗して、オールを漕いだり、乗客に漕ぎ方を指示したりするそうです。



バンジージャンプ

 残念ながら飛び降りるときを見られませんでしたが、数名がひもで引き上げられていました。なぜ、数名が一緒につりさげられているのかは分かりませんでした。



 崖の向こうにも人がいます。



 野生ではありませんが、あるホテルの広大な敷地の中に放されているシマ馬です。 私たちを乗せたマイクロバスがホテルの敷地の中に入り見つけてくれました。



 午後1時15分、リビングストーンからヨハネスブルグへ、飛行機は少し遅れはしましたが予定通り出発しました。しかし、満席でかつ気象状況により、かなりの数の荷物を乗せることが出来ず、私たち全員の荷物も届きませんでした。今回初めてのトラブルでした。ほとんどの身の回りの必需品は荷物の中です。ひとり当たり70US$ まで必要なものは買ってよいとのこと、我々は、とりあえず、歯ブラシや下着やシャッツなどを空港内のストアーで買い込みました。領収書はしっかりと貰いました。



 ホテルはヨハネスブルグ空港のすぐそばの何か、日本のお台場のような雰囲気のホテルで、広いアミューズメントセンターがホテルと通路でつながっていました。今夜はそこで中華料理でした。


     
6日目 午前:スタークフォンテン洞窟(世界遺産)へ、

              午後:黒人居留区ソエトへ 
 

 泊まったホテルは Mondior Concorde。薔薇が満開でした。




スタークフォンテン洞窟

 人類はアフリカで発生したと言われています。今日はそれと関係がある、ヨハネスブルグの北西35kmの所にあるスタークフォンテン洞窟の見学です。この洞窟の中から、1947年、ロバート・ブルーム博士が類人猿アウストラロピテクス・アフカヌスの頭蓋骨を発見しました。その頭蓋骨は約200万年前の女性のものと判明しました。この頭がい骨は、ミイラではなく、魚や貝と同じような、化石になっていました。
 二足歩行を手に入れた類人猿は約700万年前にアフリカで誕生し、約300年前の足跡がこの地で発見されています。
 なお、人類の祖先、ホモサピエンスは、約15万年前、東アフリカで生まれ、その人たちが、エジプトから大陸に出て、そこで、ヨーロッパとアジアに分かれて行きました。
 アジアに来た人類は、陸続きであったベーリング海峡を渡り、アメリカに行き着き、その後、南アメリカに到着したと言われています。アメリカでの文明はエジプト、ローマ、東アジアに比べだいぶ遅れたのもそれと関係があるようです。


 ヨハネスブルグの近郊にはたくさんのタウンシップ(非白人移住地域)があります。白人住居地区の近くにこのタウンシップが作られると、地価が暴落してしまうそうです。ジャカランダの花が満開でした。



 洞窟内の見学です。アメリカで見た数多くの洞窟に比べ、これといった美しさはなく、人類学に興味がなければ、見る価値はあまりなさそうです。
 洞窟の深さは約40mだそうです。博物館が併設されていて、現地の学生がたくさん見学していました。洞窟は世界遺産に指定されています。



 道路わきに農場があり、ちょうどジャカランダの花が満開でした。農場の係員に了解を得て、内部に入り花を見学です。このように素晴らしいジャカランダを見たのは初めてでした。



 昼食は肉料理で、かなりの種類の肉が出てきました。でも、やはり美味しいのは牛肉、豚肉などでした。



 タウンシップにある商店街です。雨期は大変でしょう



 南アはダイヤモンドの生産でも有名です。有名なダイヤモンドショップに立ち寄りました。通貨ラドンが半落しているので、いまなら半値で買えることになります。数ヶ月で半値になるとは驚きです。経済の不思議です。



 車はヨハネスブルグの中心に入りました。南ア最大の近代的な大都市です。
 高速道路から市内を見下ろすと、街路には人がほとんど歩いていません。南アでは、危険で出歩くことが出来ないそうです。 



 ヨハネスブルグの近郊には、砂を積み上げた平らな山が幾つも見かけます。これらは、金鉱石を発掘した際に出る土を盛り上げたものだそうです。最近は、掘り出した土をもう一度処理して、金を取りだしているのもあるそうです。それでも採算に合うようです。



旧黒人居留区ソウェト (SOWETO, South West Township)

 南アにやってきた白人たちは、土地を奪い、その地の黒人たちを奴隷にしました。黒人たちは移動の自由がなく、決められた地区の中に住むしかありませんでした。いわゆるアパルトヘイト制で明白な人種差別でした。この制度は、国際社会から強く非難されていましたが、南アはそれに固執していました。その結果、南アは1980年代から貿易禁止などの経済制裁を受け、経済的に行き詰まり、1991年、当時のデクラーク大統領はアパルトヘイトの撤廃を実行しました。国内的にも、ネルソン・マンデラ氏など反政府活動が活発に行われていました。
 1976年6月16日、この黒人居留区ソウェトで大規模な反アパルトヘイトデモが行われ、その時、13歳の子供が警官隊によって銃殺され、それが世界的に報道され、南ア非難が活発になった場所としても有名です。その記念館でマイクロバスは約10分程度停車しました。
 この居留区の広さは東京23区程度もあり、移住者の数など、不明なことが多いそうです。一般に火力発電所は、こういった黒人専用の地域に作られているそうです。


 夕食は昨日とおなじアミューズメントセンターの中のレストランで、今日はバイキングでした。


                
7日目 午前:プレトリア市観光、午後:ケープタウンへ
 

プレトリア市 Pretoria

 南ア最大の都市はヨハネスブルグですが、首都は行政がプレトリア、立法がケープタウン、司法がブルームフォンテンと分れています。
 プレトリアはヨハネスブルグの北55kmに位置し、車で約1時間でした。そこまで行く高速道路からは至る所にジャカランダの花が見えます。素晴らしい風景です。 
 ジャカランダの花は、日本の桜に似ていていますが、開花時間は桜が1週間から10日間に比べ、2週間から20日と約2倍になっています。桜が花びらとなり落ちるに対し、ジャカランダは花が繋がったまま落ちます。



フォールトレッカー開拓者記念堂

 プレトリアを見下ろせる小高い山の頂上に開拓者記念碑があります。内部にはこのプレトリアの開拓の歴史が展示されていました。
 南アの開拓はケープタウンから始まりました。最初にそこに町を築いたのはオランダ人でした。しかし、ヨーロッパ本国では、ナポレオンがオランダを征服し、イギリスと取引をして、南アの権利をイギリスに与えてしまいました。それにより、ケープタウンには多くのイギリス人が入居してきて、そこを開拓したオランダ人は、北へ北へと移住し、このプレトリアに町を開いたそうです。



チャーチ・スクエア

 街の中心にチャーチ・スクエアがあり、ボーア戦争で指揮をとったポール・クルーガーの像が立っています。その周りには、市庁舎や裁判所、議事堂、博物館、などたくさんの建物があります。
 街はまさにジャカランダの花で埋め尽くされていました。この花は100年前にブラジルから持ち込まれ、現在、プレトリアには7万本を超えるジャカランダの木があるそうです。



ユニオンビル

 南アの政府庁舎で大統領官邸の機能も有しています。中には入れませんが、小高い所にあり、町全体を見下ろすことが出来ます。


 プレトリアは通称、ジャカランダ・シティとも言われて居るそうです。ガイドさんによると、花の時期以外の時にプレトリアを訪れると、これといった見るところがなく、ガイドに困るそうです。



 2010年ワールドサッカー大会までのカウントダウンが始まっていました。空港周辺は大建築ラッシュでした。
 昼食後、プレトリアからヨハネス空港に向かったのですが、大渋滞で、飛行機に乗り遅れてしまいました。ツアーで乗り遅れたのは初めての経験です。幸い、1時間後の便をとることが出来て事なきを得ました。
 個人旅行で飛行機に乗り遅れると、一般に安いチケットなので、新しく、高い航空券を買わねばなりませんが、団体旅行は何とかなるそうです。
 時間が出来たので、荷物の遅れによって生じたシャッツなどの買い物の領収書を持って荷物クレーム受付所に行き、お金を頂きました。ただし、頂いたお金は現地通貨ランドで、使い道に困りました。




 ケープタウンに無事到着です。空港を出ると、ここも黒人たちのタウンシップが続いています。ワールドサッカー開催時までには、空港周辺だけでも何とかしたいと思っているそうです。2年後はどうなっているのでしょうか。



 ケープタウンの町はテーブルマウンテンのすぐ下にあります。確かにテーブルのような山が見えます。夕日に建築中のサッカー場が浮き上がって見えました。



     
8日目 ケープタウンと喜望峰観光

 幸い今日も晴天でした。テーブルマウンテンがはっきりと見えます。ケーブルカーで昇りますが、ケーブルは平らな山の最右端から下に伸びています。
 ホテルは Lagoon Beech で、湾をはさんでケープタウンの中心部が見えます。



 街の中心部です。歩いている人はほとんど居ません。物騒で歩けないのだそうです。



 海抜1087mの頂上までケーブルカーで昇りますが、数分で到着です。その間、ゴンドラは一周し、全方向を見ることが出来ます。霧が出ると全く何も見えなくなるそうで、数日間滞在しても登れないことがあるそうです。



 この断崖絶壁の険しい山を歩いて登っているグループがたくさん見えます。歩いて登ると4時間はかかるそうです。



 頂上からの見晴は最高でした。中央のオフィス街から少し離れたところには裕福な人たちの住宅街が見えます。人口の海水浴場も作られていました。夏になると賑わうのでしょう。



 アザラシ見学です。小さな遊覧船に乗り10分もゆくと小さな島にアザラシがびっしりと休んでいました。



 喜望峰へ向かう途中、フォルス湾の海岸を通りますが、この湾にはよくクジラが来るそうです。写真に収めましたが、はたしてクジラかどうか判断できませんでした。



 灯台のあるケープポイントへはケーブルカーで昇り、帰りは歩いて下りました。ケープポイントからは喜望峰がよく見えます。



 喜望峰で記念写真を撮りました。海岸から遠く離れた所にも白波が立っていました。この地域は海流が荒く、風も強く、多くの遭難船を出したそうです。歌劇「さまよえるオランダ人」もこの地をテーマにしているそうです。



 ツガイのダチョウがヒナを連れて歩いていました。写真を撮りにきた女性が、オスに追われ逃げ出しました。どの動物も子供を守る時は勇敢になるようです。



ボルダーズ・ビーチ

 アフリカンペンギンで、オーストラリアのペンギンよりは少し大きく、立ち上がると30cmはあります。
 当初、数は少なかったのですが、人間が保護してくれると知ったのか、この地を住みかときめ、繁殖したそうです。ちょうど羽毛が抜け変えている時期でした。その点、鶏と似ています。



 ガイドさんが南アにはアマルラという美味しいお酒があり、日本へのお土産に最適だと教えてくれました。
 そのお酒を買うため、マイクロバスに酒屋さんの前で停まってもらいました。とにかく通貨ランドが半落したのですから、ワインもウイスキーも安く感じました。
 マイクロバスから降りて、10mも歩くと、黒人が寄ってきて、ギブミーマネーと言われました。確かに一人で歩くのは危険です。数名で襲われたら、身ぐるみ剥がされそうです。周りに人が居ないので、何が起こっても分かりません。



ケープタウン市街地




ケープタウン鉄道駅

 個人で鉄道に乗るのは極めて危険だと言われています。




 夕食は由緒あるお城の中のレストランでケープマレー料理でした。いくつもの部屋がありますが、食事をしていたのはわたく達のグループだけでした。素晴らしい雰囲気でした。


       
9日目 植物園とワイナリー見学 

カーステンボッシュ植物園(世界遺産)

 テーブルマウンテンの山裾にあり、山の向こうが我々のホテルのある場所で、そこは朝から本格的な曇りでした。ところが、山の反対側のこちらは晴天でした。テーブルマウンテンの上は雲で覆われ、今日は登っても何も見えないかもしれません。今回は幸運なツアーでした。
 この公園には9000種もの植物が植えられ、研究されているそうです。世界遺産の中にある植物園で、その中の植物は限りなく自然のままに育てられています。なぜか、入園者はほとんど見かけませんでした。広いからでしょうか。
 この公園のベストシーズンは、まさに今、この時期だそうです。顔ぐらいある大きな花はキングプロテアです。


 左端の木はコシパームと言われ、葉の長さが10mにも達し、世界で一番長い葉だそうです。



グルートコンスタンシアワイナリー

 ここに移住してきたオランダ人によって作られた南アフリカでは最も古いワイナリーだそうです。工場の中の見学後、試飲会がありました。工場の中にはコルク栓の作り方が飾ってありました。
 おいしかった白ワインを2本買って帰りました。いろいろと重い物を買い込んだのでかばんの重量は30kgと制限ぎりぎりになってしまいました。



ウオーターフロント

 大きなショッピングセンターでここなら女性が一人で買い物をしても安全です。通貨ランドが結構あまってしまったので、家内はショッピングに一生懸命でした。



シグナルヒルより見たケープタウンの夜景 

 夕食後、夜景を見にシグナルヒルに車で出かけました。夜景にしてはちょっと遠すぎて、飛行機から見ているようでした。
 今まで見た夜景でどこが一番だろうという話題になりました。ニューヨーク、香港、いろいろありますが、私は、レインボーブリッジから見た東京の夜景が一番素晴らしいと思います。ただ、高速道路なので、停まって見ることが出来ないのが残念です。


       
10日目 帰国

 無事に帰国の日を迎えました。マレーシア航空はこのケープタウンからヨハネスブルグを経由し、クアラルンプールを結んでいます。出発して13時間30分後はマレーシアです。
 ホテルから空港まで、また、たくさんのタウンシップがありますが、2年後のサッカーワールド大会に向けて建設ラッシュです。北京が変わったように、南アもだいぶ変わるでしょう。今のような治安の悪い状態で大会が出来るとは思われません。


 
 クアラルンプールでは、成田行きの飛行機を待つため、5時間20分も時間をつぶす必要がありました。さすが、国を代表する航空会社のラウンジです。ラーメンもありました。



 成田到着は午後7時10分でもう真っ暗でした。

 今回の旅は、今までの中で最も気楽で楽しい旅でした。滝を見て、動物を見て、花を見て、岬を見る。ただそれだけなのです。
 運の良いことに参加者はわずか6名で、小人数がガイドさんとマイクロバスを占有し、何をするにも融通が付きます。集合時間の注意もありませんし、座席の指定の必要もありません。ガイドさんも大変気楽だったようで、毎日、夜は私たちと一緒にビールを楽しんでいました。
 手当は人数に関係ないそうで、ガイドさんにとっても小人数はうれしいでしょう。
 幸い、天候に恵まれ、曇った日もありませんでした。もしチャンスがあったら、ケニアなど中央アフリカにも行ってみたいと思い始めました。






次の旅日記に移る(海外編)



旅日記の表紙に戻る