インドネシア バリ島 9日間

2011年11月14日~22日

 タイやマレーシア、ベトナムには、たくさんの日系企業が進出しており、その関係で何度も訪問していますが、インドネシアは、未だかって行ったことがありませんでした。一度は行ってみたいと思っていましたが、インドネシアはあまりにも広く、今回は、世界の観光地、バリ島と、世界遺産のあるジャワ島のジョグジャカルタへ行ってみました。時期としては、日本が比較的寒くなり、バリ島での雨量がまだ少ない時期を選びました。
 なお、11月はすでに雨季に入っていましたが、雨が降ってもすぐに回復したので問題はありませんでした。傘は一度も使用しませんでした。
 ジャワ島観光の案内を調べてみいると、旅行会社HISが比較的強いようなので、家内がHISの千葉支店に電話をし、バリ島までの往復航空券や、ホテルの予約をし、また、バリ島でどのように過ごすかなどは、もっぱら家内とHISの担当者が相談しながら決めました。
 私が付けた条件はただ一つで、ホテルでのインターネットが可能なことでした。
 成田からジャカルタまでの飛行時間は行きが7時間半で、帰りは7時間ぐらいでした。
 日本とジャカルタの時差は2時間で、バリ島との時差は1時間でした。
 一般にバリ島観光は4,5日が多いそうで、9日間は長い方だそうです。そのため、かなりゆっくりと過ごすことが出来ました。


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 ただし、2枚目からは軽快に動きます。



月 日 観光内容
1 11月14日 成田からジャカルタ経由バリ島(デンパサール)へ
2 11月15日 午前:海岸へ、午後:海の寺院タナロット観光
3 11月16日 終日:バリ島観光
4 11月17日 終日:バリでゴルフ
5 11月18日 終日:ボロブドゥール、プランバナン遺跡観光
6 11月19日 午前:ホテルで水泳、午後:クタ地区観光
7 11月20日 午前:ホテルで水泳、午後:ウルワツ寺院観光
8 11月21日 午前:ホテルで水泳、午後:サヨナラパッケージ(マッサージなど)
9 11月22日 成田到着


           
1日目 成田からバリ島まで 

 今日は12時丁度に成田を出発し、インドネシアのジャカルタ到着は午後6時でした。時差が2時間あるので、8時間の飛行ですが、飛んでいたのは7時間30分ぐらいでした。途中、赤道を通過します。
 機種はエアバス 330なので、座席の並びが2-4-2と夫婦ならばだいたい窓際の2席を確保できて問題はありませんでした。その上、乗車率は60%ぐらいでしたから、好きな席を選べました。
 航空会社はガルーダ・インドネシア航空でしたが、入国審査は機内で行われました。入国管理官が2人飛行機に乗っており、機内でパスポートに判を押し、入国審査は終了です。この様なシステムは初めての経験です。ガルーダ・インドネシア航空にのみ認められた特別のサービスです。審査官はジャカルタから成田まで飛行機に乗ってきて、帰りに約1時間、各席を廻り、パスポートを見てはハンを押すだけの仕事ですから、これ程単純な仕事は考えられません。うらやましい仕事かもしれませんが、では、お前はやるかと言われたら、なんとも寂しくなります。私にはとても出来そうにありません。とにかく非効率的な仕事です。
 ジャカルタ空港に到着すると、どこからともなく女性の係員が現れ、バリ島に行く人はここに集まって下さいと誘導し、トランジットゲートに案内してくれました。約40名ぐらい居たようでした。バリ島への出発まで2時間程度あり、適当に時間を潰しました。トランクの荷札にHISのタグを付けた人がたくさんいたので、バリ島に付いたら、HISはどのようにするのかなと思案していました。
 ジャカルタからバリ島のデンパサールまでの飛行時間は約2時間で、デンパサール到着は現地時間の午後11時ごろでした。

 とりあえず、空港内で日本円を現地通貨のルピアに交換しましたが、1万円が1,100,000ルピアと0があまりにも大きいのでびっくりです。
 手荷物を持って出口のゲートを出ると、HISの係員が稲田さんですがと話しかけて来ました。空港からホテルまでの案内を頼んでいたので、待っていてくれたのです。どうも私たち2人だけの担当のようです。
 後で、どうして私たちが稲田と分かったのですがと聞くと、性別と人数、年齢でだいたい判断が着くのだそうです。
 ホテルの到着はちょうど真夜中の12時ごろでした。
 機内で夕食のサービスがありましたが、国内便のためかアルコールは出ませんでした 幸い、ホテルの室内の冷蔵庫に有料ではあるもののワインやビールが置いてあったので、それを飲み、ベットに入り、今日の疲れを癒しました。明日の午前は何の予定もなく、その気なら何時までも寝ていられます。
 



インドネシアについて

 
国旗   インドネシア国家領域


 22万人もの死者を出した2004年のスマトラ沖大地震津波や、スカルノ元大統領の第3夫人であるデヴィ夫人、2002年に独立した東ティモールなど、誰もが知っている話もありますが、私自身はあまり知識を持ち合わせていないので、少し調べてみました。
 インドネシアは上の地図にあるように、スマトラ島、ジャワ島、ボルネオ島、ニューギニア島、バリ島など幾つもの島から成り立ち、全体の国土面積は日本の約7倍に当り、その上、スマトラ島は島と言っても日本よりも大きく、インドネシアは東南アジアで最大の面積を有しています。島の数は1万8千以上もあり、正確に知るのは大変です。
 人口は2億3000人で世界第4位です。ただし、GDPは日本の13%程度で、一人当たりのGDPは世界109位と貧民国にランクされています。
 インドネシアは18世紀以来、主にオランダに支配されていましたが、第二次大戦中、日本が支配し、スカルノを擁立します。
 1945年の日本敗戦により独立し、スカルノが初代大統領になります。しかし、国土はあまりにも広く、全体を統一するには多くの困難がありました。1964年頃、インドネシアには300万人以上もの共産党員がおり、世界第三の共産主義勢力を有するようになりました。そして、北ベトナムを承認し、アメリカ資本のゴム農園を接収し、さらにアメリカの石油資本を国有化すると宣言しますが、それに対し、アメリカのジョンソン大統領は陸軍参謀総長のスハルトを担ぎ出し、多大な援助を行い、共産党員の100万人とも言われる大虐殺を行います。1967年、スカルノ政権は失脚し、スハルトへと政権が移ります。この時、デヴィ夫人はスカルノを捨て亡命します。スカルノ夫人としてとどまったのは第二夫人のみだったそうです。なお、イスラム教では4人までの妻帯が認められています。
 スハルトは、スカルノ以上に強権政治を行い、自分の一族やアメリカ企業を潤わせ、30年間という長期政権を保ちました。
 1998年、アジア通貨危機を発端にスハルト政権は崩壊し、ハビビ政権が誕生し、総選挙の実施などが行われ、民主的な政権が誕生しています。なお、1998年のインフレ率は80%にも達しましたが、その後は10%以下と比較的安定しています。
 2004年以来、ユドヨノが大統領を務めています。
 インドネシアは世界最大のイスラム国として有名ですが、インドネシアではスカルノ大統領時代以来、信仰の自由(だたし、何かの宗教に所属すること)、民主主義、人道主義、インドネシア統一への努力などが国是として守られています。ちなみにバリ島では主にヒンズー教が信仰されています。イスラム教徒は1億7000名おり、世界最大であることには変わりがありません。
 インドネシアは基本的に農業国ですが、資源にも恵まれ、金、スズ、石油、石炭、天然ガス、銅、ニッケルなどを産出しており、日本は液化天然ガスの約20%をインドネシアから輸入しており、最大輸入先となっています。
 バリ島を見学して驚くのは日本車の比率の大きさで、90%以上は日本車という感じでした。



     
2日目 午前:海岸へ、午後、タマン・アユン寺院とタナロット寺院観光

 昨日の到着は真夜中と言う事もあって今日の午前中は何の計画もありません。ホテルでゆっくりとする予定です。
 リゾートのホテルと言うためでしょうか、とにかく今まで泊まったホテルとはあまりにも違うので少し詳しく書いてみます。



ホテル クプクプジンバラン(Kupu Kupu Jimbaran Suites)

 2011年4月に開館し、まだ眼新しいホテルです。3階建で、1階にはロビーといろいろなショッピング、レストランなどがあり、2階はスパ専門でたくさんの個室があります。
 客室は3階にあるのみで、全体の部屋数は16程度と比較的小さなホテルです。


ロビー

 客室が16室しかないのでそんなに広いロビーは必要ありません。フロントには何時も2,3名の女性が待機しています。
 とても清潔な感じで、竹細工をたくさん使用しています。ヒンズー教を代表する幾つかの像が設置されていました。



3階の風景
 
 3階のエレベーターを降りると、そこには部屋担当の女性がおり、何かと世話をしてくれます。中央には25mのプールがあり、その両側に部屋が設置されています。部屋を出るとプールがあるので、泳ぐには非常に便利です。水温は日本の温水プールよりも暖かです。灼熱の太陽により自然に温まってしまうようです。私も何年かぶりで泳いでみました。海水パンツを買いましたが約400円でした。



部屋
 
 部屋に入ってまずびっくりするのがドンと置かれた浴槽です。なんとも奇妙な配置です。奥にはシャワールームが別にあり、通常はシャワーを使用しましたが、部屋の中に置かれた浴槽に入りながら、テレビを見るのもなかなか快適でした。ただし、体を洗うには適していないようです。
 NHKの放送を見ることも出来ました。
 ベットは2階にあり、そこにもテレビが設置されています。ただ、夜間、トイレに行くには階段を降りる必要があり、その点は不便でした。



レストラン
 
 朝食付きのシステムですが、7時から11時までと、朝寝坊にも良いようになっています。室外にも席があり、南国の風情を堪能できます。
 午後3時から5時の間に行くとアフタヌーンティが無料で楽しめます。甘みの強いチョコレートケーキやジャワティ―、コーヒーなどを味わえます。日本に比べこちらのケーキは甘みが強く、南国の人は甘いのが好きなようです。そのせいか、バリ島では糖尿病が多いそうです。



海岸散歩
 
 午後のタナロット観光まで、時間がたっぷりあったので、海岸まで歩いてみました。歩いても約5分ぐらいで、海岸へ出ます。約300mだそうです。
 小さな海の家や大きなホテルが海岸べりにどこまでも続いていました。


 ホテルの玄関はあまりにも小さく、これがホテルかと驚きます。隣には日本食レストランがありましたが、値段はほぼ日本と同じでした。ときどき覗いても、誰も居ませんでした。


午後、タマン・アユン寺院とタナロット寺院観光


 HISのツアーで、4時半にガイドと運転手がホテルロビーに迎えに来ました。バンに乗り2人だけのツアーです。
 二つの寺院の観光と、その後夕食を取り、ホテルまで送ってくれました。ホテル到着は8時ごろでした。

タマン・アユン寺院 (Pura Taman Ayun)

 メングウィ王国の寺院として1634年に建てられ、1937年に改修されています。寺院は掘で囲まれています。境内の前の道路を歩いて行くと、門が閉められていて、一般の人は入れません。その代わり、境内を一周できるように道路が作られており、内部を見ることが出来る様になっています。
 メルと言われる塔が10基建てられており、11層もあるメルが4基あります。
 美しい庭園の様な寺院でした。

 




タナロット寺院
 
 16世紀、ジャワから渡ってきた高僧ニラルタが海岸に浮かぶ小島の美しさに見惚れ、そこに海の神を祭る寺院を作ったと言われています。特に夕日に包まれた寺院の美しさは有名です。



夕食
 
 海岸のレストランで、夕日を見ながらの夕食でした。幸い、天気に恵まれ、美しい夕陽を見ることが出来ました。




        
3日目 終日バリ島観光
 

 HISのバリ島達人ツアーに申し込んでみました。ランチやディナーも付いており、バリ島の主な観光ポイントを見るツアーです。朝、8時半にガイドと運転手がホテルロビーに向いに来てくれました。今日も2人だけの観光でした。
 ホテルに戻ったのは午後8時ごろでした。
 



バロンの踊り(バロンダンス)
 
 朝早くからの鑑賞です。早く到着したので最前列に座りましたが、開演時には結構混雑していました。
 この踊りはバリ特有の楽器を使用して行われます。バリ島の人々は心の中に良い魂と悪い魂が何時も同時に存在していると信じており、この踊りは、人の心の中にある善と悪との戦いの物語です。バロンは良い魂を持つ動物で、ランダは悪い魂を持つ動物です。
 戦いの結果として、決着のつかないまま両者とも生き残ります。すなわち、この世には善悪が永久に存在するという踊りです。(頂いたパンフレットより)



象の洞窟、ゴアガジャ観光

 
 11世紀ごろに作られたと推定されている石窟寺院です。ゴア・ガジャとは象の洞窟と言う意味です。洞窟内に入ると幾つかの像が祀られています。洞窟の前の広場には女神像から水が注ぎ出ている沐浴場が残っています。



キンタマーニ 展望レストラン
 
 バリ島の北部にあるバドゥール山の外輪山に作られたレストランで昼食です。バドゥール山の標高は1717mもあり、バリ島の避暑地にもなっています。カルデラ湖はバリ島の水瓶だそうです。



テガラランの棚田
 
 バリ島には幾つもの素晴らしい棚田があり、この棚田もその一つだそうです。ただ、この棚田はどうも観光目的に保存されている感じでした。



ウブド
 
 バリ島の古都で、王宮など、昔をしのばせる町ですが、とにかく大変の混雑には驚かされます。道路は車でいっぱいで動きがとれません。 約1時間半、適当に歩いてみました。たくさんの観光客が、町をぶらぶら歩いています。市場も大変な混雑でした。
 小魚によるスパも結構人気があるようです。
 町の周辺には演芸や踊りなど、いろいろな伝統舞踏を楽しめるようですが、それらを楽しむには、かなりの時間が必要なようです。観光後、近くの劇場でケチャックダンスを鑑賞しました。



ケチャックダンス鑑賞
 
 楽器を一切使用せず、暗がりの中で猿に扮した男性合唱団が「チャッ、チャッ、チャッ」とリズミカルに声を出すなかで、バリのユニークな舞踏が演ぜられます。劇場は雨が降っても大丈夫なように屋根はありますが、壁はありません。照明はわずかで、終始、暗い中での踊りでした。
 1930年頃、この地に滞在していたドイツの画家が考案し広めたそうです。一応、物語があるそうですが、まったく理解は出来ませんでした。
 


        
4日目 ゴルフと海岸散歩 
  
 家内がバリ島でも、ぜひゴルフをしたい言うので、今日は、暑い中でのゴルフでした。
 8時半ごろHISのガイドとドライバーがホテルのロビーに向いに来てくれて、ゴルフ場まで案内してくれました。ゴフル場は9ホールしかないコースですが、そこを2回ほど廻ります。
 ガイドとドライバーは私たちがプレーを終わるまで待っていて、終了後、ホテルまで送ってくれました。借りたゴルフ道具はHIS所有のものでプレー代の中に借り賃も入っているようです。

 ゴルフ場に行く途中、何やら市場らしい所を通りました。ちょうど出勤途中なのでしょうか、大変な混雑でした。



Bali Beach Golf Course

 ほとんど平らなコースで、南国らしく、いろいろな花が咲いている美しいコースでした。キャディは一人に一人づつ付く贅沢なシステムです。
 もっとも、以前、タイでプレーした時は一人に二人のキャディが付いていました。
 借りたクラブと言う事もあって、なかなかうまく打てません。池やクリークがたくさんあり、ボールをたくさん失くし、途中でボールを買うはめになりました。もっとも、ボール一個が40円ぐらいと、非常に安いので幾ら失くしても問題はありません。



 9ホール終了後、一休みです。後で気がついたのですが、日焼け止めをしていなかったので、腕の皮膚が剝けるほど焼けてしまいました。
 2,3日、肌がひりひりしていました。
 


海岸散歩
 
 宿泊しているホテルが海の家を持っていて、そこで無料のお茶を飲めるサービスがあり、夕方行ってみました。フロントに頼むと何時でもカートで海まで無料で連れて行ってくれますが、歩いても5分程度です。


 お茶を飲んでいると、みるみる暗くなり、空が美しく輝いて来ました。素晴らしい風景です。南国風情を満喫することが出来ました。
 帰りも、カートでホテルまで送ってくれました。



      
5日目 ジョグジャカルタに飛び、プランバナン(Prambanan)、

           王宮、ボロブドゥール(Borobudur)観光
 今日はジャワ島中部にある二つの世界遺産の観光です。バリ島を朝6時発の飛行機で発ち、約1時間でジョグジャカルタに到着しました。
 空港に現地の観光業者が待っていて、今日、1日、案内してくれます。今日は、日本から来ていた20歳ぐらいのOL、2名も観光に加わり、合計4名での観光でした。
 プランバナンとボロブドゥールはいずれもジョグジャカルタ空港の近くにあり、プランバナンはヒンドゥー寺院で、ボロブドゥールは仏教寺院です。これら二つの遺跡は2つの王族によって9世紀ごろに作られ、王族同士は婚姻関係にあり、お互いの宗教を良く理解し、仲良く付き合っていたと言われています。
 



プランバナン(Prambanan)

インドネシアでは最大級のヒンドゥー教寺院で9世紀終わりごろから10世紀の初めごろにかけて健立されたと言われています。 しかし、1549年の大地震でほとんどが崩壊してしまいました。その後、しばらく忘れられていましたが、1939年から遺産の修復作業が行われています。
 2006年5月のジャワ島大地震では甚大な被害を受け、国際的協力により、復興されています。
 遺跡に近付くと、幾つもの寺院が見え、全体の様子を見るのは困難です。左の写真はグーグルマップから見たもので、この写真には寺院が8つ写っています。ただし、現在も修復中で、当初の寺院は224もあったと言われています。



 中央のシヴァ神殿がもっとも壮大で、その高さは47mもあります。


 寺院の回廊の欄楯(らんじゅん)壁面には「ラーマーヤナ」を題材にした浮彫がほどこされています。


 各々の寺院の中には幾つものシバ神の像が祀られています。




 2006年の地震により、塔が崩壊しましたが、その時の様子がそのまま残されていました。
 
 

 この寺院の中央には牛の像が飾れています。シバ神は牛に乗って来たと言われており、ヒンドゥー教徒は牛を敬い、牛肉は食べません。



王宮
 
 1945年にスカルノが政府を立ち上げ、オランダからの独立運動を展開し、1949年に完全独立を成し遂げましたが、その時のジョクジャカルタの王は、その独立運動を積極的に応援し、独立後も安泰であったそうです。
 また、スカルノは大学を設立するなどジョクジャカルタの繁栄を支えてきたそうです。
 女子学生の修学旅行でしょうか、カメラを向けると、集まってきてくれました。王宮の入口には、魔よけの神様「マーラ」が飾られています。



 にわか雨です。でも、すぐにやみました。



 昼食のレストランですが、一般にこちらは吹き抜け構造です。雨は降っても、風はあまり吹かないようです。
 水田を見ると、稲が乱雑に植えられていました。良く分かりませんが、米を播いただけのようです。田植えはしなくても、良いのでしょうか。



ボロブドゥール(Borobudur)

 世界最大級の仏教遺跡です。ヤシの樹海が広がるケドウ盆地の中に造られています。9世紀ごろ、この地で仏教文化が大きく花開いたことが想像できます。
 以来、1000年以上も火山灰に隠れており、1814年、イギリス人の総監代理によって発見されています。その後、オランダ政府による復元工事、1973年から10年かけてのユネスコによる大規模な修復工事により、1982年、修復が完了しました。
 インドネシア政府はボロブドゥールを国の宝の一つとして扱い手厚く保護をしていますが、、インドネシアにおける仏教徒は、現在では0.4%程度と言われ、教徒による援助はほとんどないため、民間が観光事業の一環として管理、維持しているそうです。

 下から見ただけではどうも全体像が分かりません。グーグルマップからの航空写真と、パンフレットからの写真を転記してみました。
 

 遺跡に入る時、全員、腰巻を付ける様になっています。結構、サマになるデザインです。敷地内をしばらく歩くと巨大な遺跡が現れます。
  



 遺跡の高さは34m、最下部の基壇の正方形でその一辺の長さは123mと、とてつもなく大きな遺跡です。
 回廊の総延長は5kmにもおよび、仏教説話に基づいた1460面に及ぶ彫刻レリーフが時計回りに続いています。登場人物は1万人にも及ぶと言われています。

 



 三重円を描くように並んだストゥーパは全体で72基あり、その中には仏像が配置され、隙間を通して仏像を見ることが出来る様になっています。頂上のストゥーパには釈迦の遺骨が納められていると言われています。
 ストゥーパの上部の石組は、菱形と四角形があり、最上部は四角形で作られています。
 上の階に上がるほど、安定すると言う意味だそうです。


 一基だけ上半分が取り除かれたストゥーパがあり、仏像の様子を良く見ることが出来ました。



ムンドゥッ寺院
 
 ボロブドゥール寺院の東3kmの所にある寺院で、この寺院も世界遺産に含まれています。
 寺院の中には、3体の石窟像が収められています。驚くほど美しい姿をしています。日本にあったら最高級の国宝間違いなしでしょう。
 前庭には大きなマングローブの木があり、子供たちがぶら下がって遊んでいました。私も試しにやってみました。
 夕食後、飛行機に乗り、再びバリ島に戻りました。



 ツアーには夕食も付いていました。




        
6日目 クタ地区散策、海岸散歩

 今日は休養の予定で、特に予定を立てて居ません。ホテルからバリ島一番の繁華街クタ地区まで、1日4回、無料バスが運行されているので、それを利用して、クタ地区へ行ってみました。




クタ地区

 たくさんのデパート、ショッピングセンター、レストランなどが並んでいます。参考のため、SOGOデパートに入ってみました。
 道路はとにかく暑くて閉口しますが、デパートに入るとクーラーが効いているので助かります。デパートの裏はもう海岸で、たくさんのリソーとホテルが並んでいます。ただ、私たちのジェンバラン地区に比べ、海岸の質は良くないようです。皆さんはもっぱらプールで泳いでいました。
  

 クタ地区からホテルへはタクシーで戻りました。初乗りの料金は60円ですが、ホテルまでは約600円でした。
 途中、空港の脇を通りましたが、ちょうど、アセアン会議が終わったばかりでアメリカのエアフォースワンが2機、飛び立って行きました。1台にはオバマ大統領が、もう一台にはクリントン国務長官が乗っているそうです。とにかく凄い渋滞でした。警官が出てきて、車を止めてしまうのですから参りました。
 ホテルに戻り、無料のアフタヌーンティを楽しみました。



 今日も、夕方、海岸へ行ってみました。今日も美しい夕陽を見ることが出来ました。



注:丁度、ジャワ島でアセアン会議が開催されていて、日本からは野田総理大臣が出席していました。
 アセアン(Association of Southeast Asian Nations)とは東南アジア10ヵ国(インドネシア、フィリピン、ベトナム、タイ、ミャンマー、マレーシア、カンボジア、ラオス、シンガポール、ブルネイ)よりなり、11月17日に開催されまた。18日は、これに日、中、韓を加えた会議が行われ、18日にはさらにアメリカ、ロシアなどを加えた会議が開催されています。
 これに対し良く聞くAPEC(Asia-Pacific Economic Cooperation)アジア太平洋経済協力会議は、比較的緩い非公式会議とランクされています。参加国はオーストラリア、ブルネイ、カナダ、インドネシア、日本、アメリカ合衆国、マレーシア、ニュージーランド、フィリピン、シンガポール、タイ、韓国、台湾、中国、香港、メキシコ、パプアニューギニア、チリ、ペルー、ロシア、ベトナムなどな入っていますが、台湾や香港が入っていることから、国の集まりの会議とは言われていません。
 日本では昨年の2010年、横浜で開催されています。




         
7日目 ウルワツ寺院観光
 

 今日も午前中はホテルのプールで遊び、午後は、4時半からのHISによるウルワツ寺院観光ツアーを頼みました。
 この寺院はバリ島の南端のバドゥン半島の西端にあるウルワツ村に作られた寺院で、10~11世紀ごろに建てられました。
 この寺院は、猿のいる寺院、また、夕日に輝く美しい寺院として有名です。


 早速、お猿さんの出迎えです。ガイドさんに、帽子をかぶらないこと、眼鏡を掛けないこと、と注意されました。それらを付けていると、猿に狙われるそうです。まさかと思っていましたが、確かに本当でした。
 皆さん、それを知っているせいか、帽子や眼鏡を付けて居ません。


 75mの断崖の岬に寺院はつくられています。インド洋から押し寄せる海岸の波の荒さには驚かされます。




 寺院は小さく、それ自体は普通の寺院と何ら変わりませんでした。 


 寺院のある岬をぐるっと回って先ほどとは反対側に出ると、こちら側も鋭い断崖が続いています。
 遠くにケチャックダンス場が見えます。暗くなると、夕日の中で開催されるそうです。



 ケチャックダンス場が見えます。 




 夕日に輝く岬を見ようと、適当に時間を潰して、日の沈むのを待っていました。 




 ケチャックダンスが始まったようです。 


 猿が誰かの眼鏡を取り去り、逃げて行きました。何か食べ物を上げると、返してくれるようです。知能犯です。


 歩いていた御婦人のスリッパが猿に奪われました。すると突然少年が現れ、おいしそうな菓子を猿に与え、スリッパを取り返しました。もう一人の人が、少年にチップを渡すよう、奪われた御婦人に依頼していました。まるで、魔術を見ているような感じでした。
 


 夕食はホテルのレストランでとることにし、ステーキを注文してみました。ヒンドゥー教のバリ島でのステーキはどのように料理されて出てくるのか、興味がありましたが、分厚い立派なステーキが出て来ました。



      
8日目 夕方の便で帰国
 

 いよいよ今日は最終日です。バリ島出発は夕方の7時25分で、時間はたっぷりあります。ホテルには12時まで滞在できるので午後はどうするか迷っていましたが、HISがサヨナラパッケージというのを用意してあったのでそれを利用しました。昼食と、その後にマッサージがあり、さらに飛行機が出るまで、ゆっくりと部屋を利用できるシステムです。
 11時にスパのあるホテルの係員が私たちを迎えに来て、空港近くのスパ付きホテルに案内してくれました。そこで昼食、マッサージをした後、飛行機の出発時間に合わせてHISの担当者が迎えに来て、空港まで連れて行ってくれました。
 ジャカルタ経由で成田に向かいますが、バリ島で出国手続きを行い、ジャカルタでは飛行機の乗り換えだけでした。
 ジャカルタ発は23時30分で、成田には朝、9時前の到着でした。約7時間30分の飛行でした。
 南の観光都市バリ島の名前は以前からよく聞いていましたが、実際に行ってみて、その素晴らしさを実感することが出来、思い出に残る旅となりました。
 




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