アメリカ国立公園ドライブの旅
リオグランデ編

2008年4月24日〜5月8日 15日間

 今回の旅は、アメリカ西南部の砂漠地帯にある国立公園をめぐりました。
 旅の出発は不死鳥と名付けられたアリゾナ州のフェニックスからで、そこから東に、ニューメキシコ州、テキサス州へと移動し、帰りはグランドキャニオンを訪ね、再びフェニックスに戻って来ました。
 アメリカとメキシコの国境はリオグランデ川(スペイン語で大きな川を意味する)により隔てられており、その国境は、時に断崖絶壁の川になったり、時には、穏やかで水量が少なく、容易に渡れるようになったりしてメキシコ湾に注いでいます。
 一方、グランドキャニオンを形成するコロラド川は砂漠の中を流れカルフォルニア湾へ注いでいます。


大画面スライドショー(文章なし) はここをクリック
 全画面でご覧ください。1枚目から2枚目に移る際、時間のかかることがあります。ただし、2枚目からは軽快に移動します。



 ドライブルートはフェニックスを出発点とし、ツーソン、エルパソ、フォートストックトン、ソッコロ、ギャラップ、フラグスタッフに宿泊し、再びフェニックスに戻って来ました。



訪問日と訪問内容を下に示します。

宿泊市 訪問先 走行km
1日目 2008/04/24 Phoenix Arizona フェニックスに到着 25
2日目 2008/04/25 Tucson Arizona 巨大サボテン サグァロ国立公園 455
3日目 2008/04/26 El Paso Texas トゥーソンからエルパソへ:タイヤパンク 637
4日目 2008/04/27 El Paso Texas エルパソ周辺ドライブ:メキシコへ越境 134
5日目 2008/04/28 Fort Stockton Texas エルパソからフォートストックトンへ移動 619
6日目 2008/04/29 Fort Stockton Texas ビックベンド国立公園:リオグランデ川 584
7日目 2008/04/30 El Paso Texas カールスバッド大洞窟群国立公園 619
8日目 2008/05/01 Socorro New Mexico 純白の砂漠:ホワイトサンズ国定公園 479
9日目 2008/05/02 Gallup New Mexico 思い出の天文台:NRAO 500
10日目 2008/05/03 Flagstaff Arizona 化石の森国立公園 376
11日目 2008/05/04 Flagstaff Arizona グランドキャニオン国立公園 388
12日目 2008/05/05 Phoenix Arizona グランドキャニオン国立公園 541
13日目 2008/05/06 Phoenix Arizona フェニックス市内:サボテン植物園 58
14日目 2008/05/07 Phoenix Arizona 帰国:フェニックスを早朝出発 25
15日目 2008/05/08 成田
合計走行距離 5,438


            

1日目 アリゾナ州 フェニックスに到着 

 成田 16:05分発のユナイテッド航空を使用しサンフランシスコ経由でフェニックスうに向かいました。サンフランシスコで4時間の待ち時間がありましたが、飛行機の部品トラブルでさらに2時間の遅れが生じ、フェニックスに到着したのは午後5時半を過ぎていました。
 全てのレンタカー会社が空港からバスで10分ほど行ったところに集まっており、ビックリするほどの広さで、さすがはアメリカという感じでした。
 ホテルは空港から15マイル、約20分の所でしたが、カーナビが付いているので、すんなりと到着しました。
 ちょうど日が沈む時で、明るいうちに到着出来て安心でした。

            

2日目 フェニックスから トゥーソンへ
             巨大サボテン サグァロ国立公園訪問
 
 西部劇で見る巨大なサボテンは、フェニックスからツーソン辺りにたくさん見ることが出来ます。
 今日は1日かけ、ソノラ砂漠国定公園、アイロンウッド森林国定公園、サグァロ国立公園(西、東)の4ヵ所を探索、堪能しました。
 走行距離は455kmになりました。



ソノラ砂漠国定公園

 アリゾナ州の地図を見ていたらフェニックスのすぐ南にソノラ砂漠国定公園があるのを見つけ行ってみることにしました。
 カーナビを頼りに行ったのですが、看板があるだけで、他には何もありませんでした。
 とりあえず、未舗装道路の先に何かありそうなので入っていったところ、たくさんの大きなサボテンを見ることが出来ました。私たち以外に誰もいませんでした。初めてみる巨大なサボテンに感激でした。
 なお、ソノラ砂漠はアリゾナ州からメキシコ西部にわたる日本の本州に匹敵するほど広い砂漠です。

 



アイロンウッド森林国定公園

 今日の目的地はトゥーソン市の近くにあるサグアロ国立公園ですが、そこへ行く途中にアイロンウッド国定公園があるのを地図で見つけ、寄り道になりますが行って見ました。


Saguaro National Park

 サグァロ国立公園は、トゥーソン市の西と東に分かれています。



サグァロ国立公園(西)

 立派なビジターセンターがあり、そこから前方に広がったサボテン畑を見渡すことが出来ます。もう、夕方ですが、東の公園へも行ってみたいので、10分程度見学後、東の公園に向かいました。途中、道の両側に大きなサボテンを見ることができました。



グァロ国立公園(東)

 公園の中を車で周遊できる大きなサボテン公園でした。ここに生えているサグァロは、昔、気温が零度以下になった時、絶滅の危機にあったそうです。研究の結果、零度以下の気温が20時間以上続くと、枯れてしまうそうです。
 そういうこともあって、グランドキャニオンなど、フェニックスよりも北にある砂漠では育たないそうです。

      

3日目 チリカワ国定公園探索 トゥーソンからエルパソへ 
 

 今日はツーソンからエルパソまで600km以上もの長距離ドライブですが、途中、寄り道をして、チリカワ国定公園に寄って見ました。
 走行距離は637kmとなりました。

 

 この公園にはサイコロのような岩がバランスを取って重なっており、長年に渡る風化の歴史を見ることが出来ます。 地下から隆起した岩が、長年にわたり垂直と水平方向に風化し、柔らかい所が削り取られ、硬いところがそのまま残っているそうです。非常にうまくバランスを取ったまま残っている岩もありますが、谷底に落ちていった岩も多いそうです。


 この公園に来た道をそのまま引き返えせば良かったのですが、カーナビが近道を指示したので、そのまま走っていったところ、かなりの悪路になってしまいました。ただ、ただ、4輪駆動車であり、トラクションコントロールも非常に良く動作し、ほとんど尻を振りません。運転は非常に楽で、そのまま約1時間も走ると、高速道路に戻ることが出来ました。


タイヤがバーストしてしまいました。

 高速道路を時速70マイル(時速115km、制限速度は124km))で走っているとき、パンという音がして、何かが車に当ったような感じがしましたが、すぐに 「CHECK TIRE PRESSURE」 と警告が表示されました。路肩に止まりタイヤを見ると完全にパンクしており、タイヤはすでにズタズタでした。非常に運の良いことに、遠くにガソリンスタンドが見えたので、とりあえず、そのままスタンドまで走り、スペアタイヤとの交換をしようとしましたが、とにかく、大きな4輪駆動車でタイヤも重そうなので、修理屋を呼ぶことにしました。アメリカのガソリンスタンドはすべてセルフで、お店にはレジの係りが一人いるだけで修理はしてくれません。
 スタンドの人に聞いたところ、修理工場の名刺を見せてくれました。そこに電話をすると、
 「お前は何処にいるのか?」  「ちょっと待ってください。調べてみます」  なかなかわりませんでした。
 「お前の車の名前は?  「ちょっと待ってください。調べてみます」 
 「タイヤの状態はどうなのか」 「完全にダメです」
 「パンクしたタイヤは前か後ろか」 「運転席側の後ろです」
などの会話があり、約10分も待つと小型トラックに修理一式を積んだ車が来てくれました。へんぴな場所なのにわずか10分ほどで来たのにはビックリしました。
 とりあえず、スペアタイヤと交換してもらいましたが、やはり専門家でもスペアタイヤをトランクの下から外すのに苦労していました。
 乗用車ですとスペアタイヤはトランクの中にありますが、4輪駆動車はトランクの下に吊り下げられていて、外すには車の下にもぐる必要があります。
 後で調べたら、我が家のハリアーも同じ構造でした。ハリアーでは、まだパンクの経験が無く、今回は良い勉強をしました。仮に山の中でパンクでもしたら、大変なことになっていたと思うと、パンクぐらいは自分で交換できるようになっている必要がありそうです。

 レンタカー会社のハーツにどうすべきかを聞いたところ、まだ新車なので、同じタイヤメーカーの同じ型番のタイヤと交換して、領収書を持ってくれば良いと言われましたが、今日は土曜日でかなり大きな町でないとタイヤ交換は無理だろうと自分で判断し、とにかく、今日の宿泊地であるエルパソまで向かいました。
 再び走り出すと、今度は「TIRE SENSOR FAULT」という警告が表示されました。スペアタイヤには空気圧センサーが付いていないか、空気圧センサーの初期化には何か手順が必要なようです。
 今夜の宿泊地エルパソは300km以上も離れていますが、何はともあれ、無事にエルパソに着くことができました。


 タイヤ交換代 37$を取られましたが、レンタカーを返却する時、領収書と交換にお金を返してくれました。


 昨年もタイヤ空気圧異常のトラブルにあって苦労しましたが、その車はGM製で、取扱説明書を読んで見ても原理が書いてありませんでした。今回はフォード車で、取扱説明書にはタイヤの空気圧センサーについて詳しく書かれていました。それによると、センサーはタイヤにではなくはなく、ホイールのリムに固定されていました。

              

4日目 エルパソ、及びその周辺のドライブ

 エルパソの空港はホテルからわずか数分の距離で、朝、早速空港に行き、車を取り替えてもらいました。小さい空港のためか、カーナビ付きの4輪駆動車はなく、フォードクラウンビクトリアのセダンになりました。レンタル料金の変更はありませんでした。
 この車は日本へ輸出されていませんが、パトカーとかタクシーに使用され、映画にもよく登場するアメ車を代表する車で、馬鹿でかいのが特徴です。
 エンジンは4.5リットル、車の長さは 5.39m 幅は1,99m で日本での運転はかなり困難でしょう。
 今日の走行距離は134kmと短めでした。



国境を越えメキシコへ

 エルパソはリオグランデ川を隔てメキシコ側に衛星都市シウダーフアレスを持つ国境の町で、20年ほど前に面白半分に来て見た事があります。その時、タクシーに運転手に何しにこの町に来たのか、ビザを書き換えるためかと聞かれました。アメリカのビザの有効期間は3ヶ月ですが、メキシコに行きまた戻ってくるとさらに3ヶ月増えるのでそのような人が多いのだそうです。
 今回もメキシコに橋を歩いて渡って行って見ました。車は橋の通行料が高い上に、レンタカー会社の保険はメキシコでの事故をカバーしていないので、怖くて行けません。
 国境には歩いて渡れる橋が2本あり、どちらも一方通行になっていて、行きと帰りは違う橋を通ります。
 車を橋の近くの道路に停め、橋の通行料、50セントを払いメキシコへ行って見ました。
 下の写真2枚目の向こうに見えるのが帰りに渡る橋です。右側にリオグランデの川が流れており、左側には鉄条網が張られています。
 メキシコ側に着いた時、パスポートの検査ぐらいはあるのかと思いましたが、何の手続きも検査もありませんでした。自動車は、かなり長い列を作っていましたから、いろいろと手続きが要るのかも知れません。


 
 国境を隔てた衛星都市には安い人件費を利用したアメリカ資本の工場がたくさんあると聞いていましたが、メキシコに入ると、なにかとてもひなびた感じで、何をするでもなくただたむろしている人が多く、物騒な感じがしたので、そうそうに観光を切り上げアメリカに戻ることにしました。
 今度は橋を渡るのに一人40セント必要で、アメリカへ入るときはパスポートのチェックがありました。パスポートはただ見るだけで、スタンプを押すようなことはありませんでした。


 以前の記憶では、メキシコの物価は安く、アメリカからメキシコへ買出しに行ったような気がしますが、今は全く反対で、国境の橋の近くのアメリカ側には、たくさんの洋服屋、雑貨屋、お土産やなどがあり、お客はすべてメキシコ人という感じでした。もっとも、一般のスーパーマーケットにも行って見ましたが、ほとんどがヒスパニック系の人たちで、エルパソでは約70%の人がスペイン語を話すそうです。
 もともとここにはメキシコ人が住んでいましたが、戦争などにより国境が南に移動し、アメリカ人が支配するようになりました。そのためここの住民は昔ながらのスペイン語を話しているのだそうです;
 売られている製品のほとんどすべてが、メイドインチャイナでした。アーミーナイフが2つ入って 2.49$、約250円とすごく安いので試しに買ってみました。高級感はありませんが、今のアメリカは中国なくしてやって行けなくなっているようでした。日本と同じでした。


 エルパソ全体を見下ろせる小高い山に車で登ってみました。町の真中に国境のエルグランド川が流れ、その中央には鉄条網が張られ手入るのが良く見えます。日本にいては経験できない眺めです。水量はわずかですが、水は流れていました。
 高いビルの向こうに見える町はメキシコです。
 


HUECO TANKS STATE PARK

 エルパソの西60マイルぐらいの所に州立公園があるので行って見ました。平らな砂漠地帯を走っていると突然、つるつるとした肌を持った小高い山が現われます。 
 公園の入り口にオフィス、展示場があり、この史跡公園についての説明がありました。
  この山は3,400万年前に隆起した石灰岩が長年の風雨で肌がなめらかになったそうです。 約1万年前に氷河時代が終わり、その後、数千年間、人類は狩をしたり、また、食物を育て定住してきましたが、この地の岩が空洞を作り人の住処に使用されていたようです。岩の肌には数千個もの、いろいろな絵が描かれているそうです。アメリカをドライブしているとこの様な公園がところどころにあり、大切に保護されています。


                 

5日目 エルパソから フォートストックトンへ
            途中、 Fort Davis 史跡見学 

 今日はエルパソからフォートストックトンまでの長距離ドライブです。
 フォートストックトンはビックベンド国立公園行を見学するための町です。ドライブの途中、寄り道をして、Alpine 市の近くをドライブしていたら、Fort Davis 史跡があったので立ち寄って見ました。
 今日の走行距離は619kmに達しました。



Fort Davis 史跡

 Fort とは砦を意味し、Davis は山の名前ですが、1850年ごろ、Davis 山の麓に兵舎が作られ、郵便馬車の護衛、パトロール、襲撃犯の追跡、逮捕などを行ったそうです。
 当時、多くの人が西部開拓を目指し、西へ西へと向かいましたが、フォートストックトン→エルパソ→フェニックス→ロスアンゼルスのルートは冬でも通行可能でした。しかし、アパッチ族、コマンチ族が待ち構えており、危険と隣り合わせのルートでもありました。この砦は、そういう人たちを守る目的で作られ、全員黒人で構成されていたそうです。
 ここの隊員の活躍により、1885年ごろには、アパッチ族がほぼ壊滅されたそうです。
 展示室があり、当時の戦いの様子が再現されていました。



Alpine 近くの Scienic Drive

 Alpine市の近くのルートはシーニックドライブルートと地図に書かれていたので通ってみました。砂漠の中の道路でした。
 チリカワ国定公園と同じような岩山もありました。

      

6日目 ビックベンド国立公園



 今回のドライブのハイライトであるビックベンド国立公園は公園の入り口からリオグランデ村まで2時間以上もかかる非常に大きな公園です。公園の中には、なんとビジターセンターが4つもあります。
 この公園の特徴は、川と砂漠と岩山と多彩であり公園の中心部にあるチソス盆地には登山者のためのホテルが幾つもありました。
 走行距離は584kmでした。


 まず初めに、公園の東側に位置するリオグランデ村を訪ねてみました。
 小さなビジターセンターがあり、頼むとボートを貸してくれるようです。川の向こうはメキシコですが、エルパソで経験したように、アメリカからメキシコへ行く時はパスポートの検査がありません。あえてここから船でメキシコへ行く理由も無いのでしょう。
 川幅は狭く、水の流れはほとんどなく、水量が少ないのには驚きました。砂漠の中の川のためでしょうか。


 そこからさらに10kmほど下流にある展望所へ行って見ました。途中、遠くにメキシコの山でしょうか、高くそびえる山々がうっすらと見えます。駐車場には車が1台停まっているだけで他には誰もいませんでした。川に沿ってモロッコで見たと同じような砂漠の中のオアシスが出現していました。でもここに住んでいる人は居ないようです。水の流れはほとんどないので、浅いところは歩いてメキシコに渡れそうです。
 メキシコ側に小屋があり、私たちが近づくと大きな声で、歌を歌ってくれました。誰かが来ると大きな声で歌いチップをねだっているようです。少し大きな缶が置いてあり、チップを入れるようにるように書いてありました。杖とお金入れも置いてありました。川の向こうから観察しているようで、お金が入ると、川を渡ってお金を取りに来るのでしょうか。何かユーモアを感じます。
 

 公園の中心部には、標高が2384mのチソス山に登る登山者用のロッジや土産屋があり、シーズンにはかなり賑わうようです。ドライブしていると、岩山と砂漠とサボテンが次々に展開し、その美しさには圧倒されます。



 公園の西端にあるサンタエレナ渓谷に行って見ました。公園の東から西まで、車で3時間弱かかりました。リオグランデ川は垂直にそそり立つ絶壁の中を流れています。
 広い大地の中なのに、なぜ絶壁の中に川が流れるのか、その理由が書かれていました。それによると、昔はこの辺の大地全体が平で、そこに川が形成されていましたが、川を含め非常にゆっくりと隆起が起こり出しましたが、川の流れが隆起した部分を削り去り、現在のような渓谷が形成されたとのことでした。
 ドライブしていると、なんどもパスポートの検査がありました。メキシコからの不法越境者をチェックしているのでしょう。聞かれる内容は決まっていて、お前は米国市民か? ノーと応えるとパスポートの提示と何処へどのような目的で行くのかと聞かれます。


ハイウエー休憩所のインターネット

 アメリカの高速道路は無料なので、出入りが容易であり、そういう理由で、ガソリンスタンドは高速道路を一旦下りた所にありますが、高速道路に沿って時々トイレ兼休憩所があります。
 立ち寄ってみると、無線ランインターネットの看板がありました。
 手持ちのパソコンを開いてアクセスしてみると、700Kb/sの高速で日本と繋がりました。無料で、これだけのスピードで繋がるとはさすがアメリカです。
 休憩所でこの様な看板を時々見かけました。将来はアメリカ全体で、無料インターネットが可能になるのでしょうか。

          

7日目 カールスバッド国立公園と
         グアダループマウンテン国立公園
 今日は、今回のドライブの中心に一つであるカールスバッド国立公園を訪ね、その後、もう一つの国立公園であるグアダループマウンテン国立公園を訪問し、再び、エルパソまで戻りました。
 今日の走行距離は619kmになりました。



カールスバット洞窟群国立公園


 昔、少年が、遠くに毎日、夕方、煙が立つのに不思議に思い、行って見ると、コウモリ(bat)が飛び立っているのを発見し、そこに大きな洞窟があるのを見つけたそうです。
 今も同じように数十万羽のコウモリが飛び立つそうですが、飛び立つのは夕方の7時ごろだそうで、残念ながらコウモリの見学は中止しました。
 洞窟の見学は、コウモリの飛び立つ大きな入り口から入り、内部を見ながら230mも降ってゆきます。
 


 洞窟に入ると、まずその大きさに驚きます。以前は案内者が居たそうですが、今はあまりにも見学者が多いので、各自が自由に歩くようにしたそうです。
 入り口近くにはたくさんのコウモリが眠っているはずですが、見つけることは出来ませんでした。
 入り口から手すりの付いた通路が整備され、大きな鍾乳石には名前が付けられ、解説も付けられています。洞窟を進み目が慣れてくるに従い、照明が暗くなってきます。ほとんど真っ暗です。230m下ったところにビックルームと言われる天井の高さが80mもある大きな場所に出ます。ひっそりとした神秘の世界です。
 この様な場所に生息する生物は居ないと考えられていましたが、電球のわずかなエネルギーで藻が生えるそうです。湿度が高いためでしょう。また、たくさんの見学者が入るので、衣類や人体の埃が積もってくるそうです。公園の管理者はそういった埃の除去も定期的に行っているそうです。
 洞窟の中には、小さな池もありますが、その水位は洞窟の上に作られた見学者用の駐車場がコンクリートで覆われたり、洞窟内の空気の移動の変化により下がっているそうです。そうゆう人為的変化をできるだけ避けるようにいろいろが対策が現在も検討されているそうです。
 フラッシュを使用した写真撮影も許されていますが、とにかく部屋が広いので、フラッシュはほとんど役に立ちません。
 自然が作り出したその美しさに、ただただ唖然としながら、洞窟の中を歩いて行きます。単純に歩くだけでも2時間ぐらいかかりました。この鍾乳洞の美しさは世界でも第一にランクされると言われています。

グアダループマウンテン国立公園



 カールスバッド国立公園の近くにあり、国立公園でもあるので、立ち寄って見ました。
 そこには、ビジターセンターがあるだけで、以前海底であったこの近くの山から採取された化石が置いてありました。



黄砂

 エルパソに近づくと、塩かと思われるような白い砂漠が出現しました。塩ではなく砂のようです。
 市内に入ると黄砂のようです。ドライブしていると、時々、砂漠の嵐を警告する看板があります。それによると、砂嵐に寄り視界がほとんどゼロになることがあり、その時は、必ず路肩に駐車し、走行車線に止まってはならないと書かれていました。
 エジプトのカイロでも黄砂を経験しましたが、砂漠に黄砂はつきものなのでしょうか。

         

8日目 ホワイトサンズ国定公園、宇宙博物館、火の谷
 
 今日はエルパソをたち、昔仕事で訪れたことがあるソッコロに向かいます。途中、今回のドライブの目玉である、ホワイトサンドを見学しします。
 今日の走行距離は479kmでした。




 エルパソの黄砂はすっかりなくなり、山がきれいに見えます。ドライブしているとまたメキシコからの不法侵入者を調べるためでしょうか、身分証明書の提示を求められました。



ホワイトサンド国定公園 White Sands National Monument





 本当に真っ白な砂漠でした。その砂漠の大きさは三浦半島ぐらい広く、歩いて横切るのは不可能です。砂は水和した硫酸カルシウム CaSO4・2H2O いわゆる石膏そのもので、純度はかなり高そうです。
 この石膏の砂の形成は、約2億5戦年前、石膏が浅い海に堆積しそれが岩となり、約7千万年前に、ロッキー山脈が生成されたと同時期、隆起し、約1000万年前にその頂上がへこみ出し盆地が形成され、この砂漠が出来たとのことです。
 行ってみると、強い風が吹いていて、砂煙を上げていました。駐車場には風防付きの休憩椅子がたくさん置いてありましたが、誰も居ませんでした。
 ハイキング用の道路も整備されていましたが、立ち入る時は、日本の登山届けのような箱が入り口に置いてありました。砂嵐で全く何処も見えなくなると、遭難もありそうです。
     



New Mexico Museum of SPACEE HISTORY

                          http://www.nmspacemuseum.org/

 ホワイトサンドの近くにある Alamogordo市は核兵器開発と密接な関係にあり、また、ホワイトサンドの中にはミサイル射撃場やスペースシャトルの着陸用滑走路もあるそうで、ついでに Alamegordo市にある宇宙歴史博物館も見学しました。1人6$ですが、シニアーといったら5$になりました。博物館などでは60歳以上になると2割引になるようです。
 この博物館には開発の歴史、宇宙飛行士、活躍した人々などが展示されていました。



火の谷  (Vally of Fires)

 ドライブしていると、 Vally of Fires という看板があったので、立ち寄って見ました。見渡す限り、溶岩が広がっています。
 ここの溶岩はニューメキシコ州で第二番目に若く、、約5000年前に地中から噴出し、この辺り一帯を埋め尽くしたそうです。
 散歩用の道路が整備され、溶岩の上に根付いた植物やそこに住む小動物たちを見ることが出来ました。

         

9日目 思い出の NRAO、エル・マルパイス、エル・モロ国定公園

 ソッコロからギャラップまで、NRAOの見学と、2つの国定公園を見学しました。その間、ずっと比較的狭い道路を走りましたが、行き交う車も少なく快適なドライブでした。
 今日の走行距離は500kmでした。



NRAO (National Radio Astromony Observatory)

 NRAOは宇宙から来る微弱な電波をY字型にたくさん敷設されたパラボラアンテナで受け、それを解析して、宇宙の星々の姿を解析するものですが、Y字型のアンテナが地球の自転で回転するという原理を使い非常に精度良く解析できることを考案し、それが政府機関に認められ開設の運びになったようです。
 たくさんのアンテナからの電波を歪みなく中心の解析機器まで伝送させるため、ミリ波導波管を使用することになったのですが、担当者がそのような導波管を作れる会社を世界的に調査し、各社を訪問し設備の見学などを行ったのですが、私のPRがうまかったためか、わが社のみが合格し、納入しました。私の研究人生でも思い出の大きな出来事でした。
 ただし、その数年後、光ファイバが開発され、どの程度実際に使われたかどうかは分かりませんでした。
 機会があったらもう一度来て見たいと思っていた場所でもあります。


 当時の写真を見つけました。34年前です。その時はいろいろな設備を設置中で、訪問した時はまだパラボラアンテナはありませんでした。
 その時はアルバカーキで車を借り、1人でドライブしてここまで来ました。その頃から無鉄砲だったのかも知れません。



El Malpais 国定公園


 Gullapに行く途中に、二つの国定公園を地図上に見つけたので行ってみました。
 この国定公園は垂直に削られた岩山が特徴ですが、その岩山は砂が固まって出来たもので、釘を簡単に打ち込めそうな感じがします。



El Morro 国定公園



 この国定公園の特徴は、岩山の頂上に昔の住居跡があることと、岩の壁面にはいろいろな模様が書かれていることのようです。原住民にとって、この様な岩山は、雨風を防ぐとともに、飲み水も確保することが出来て、住居として適しているようです。
 試しに登ってみました。思ったよりも登山ロが整備されていて簡単に登ることができました。
 私たち以外にも、数名、後から登ってきましたが、閑散としておりました。

         

10日目 化石の森公園とアリゾナ大隕石
              クレーター国定記念物

 
 ギャラップからグランドキャニオンの基地フラッグスタッフまでのドライブです。途中、化石の森公園と隕石クレーターを訪ねました。
 化石の森公園は非常に広く、見所がたくさんありました。
 今日の走行距離は376kmでした。

           
化石の森国立公園


 ビジターセンターを訪れると、20分のビデオ放映があり、公園の内容と、公園内の化石を拾って帰ると逮捕されるとの警告がありました。かって、たくさんの人が化石を拾って帰り、その量は膨大になったと言われています。
 公園は細長く、全長は46kmにもなり、幾つもの観光スポットがあります。
 最初の観光スポットは下に示す色の付いた砂漠です。(painted desert}
 これらの砂漠はバッドランドといわれ、以前訪れたバットランド国立公園と同じ地質のようです。


 Painted Desert Inn と呼ばれる博物館がありました。1930年台に作られた建物を改築したもので、色の付いた砂漠を眺める最高の場所に立っています。


 ここの砂漠は粘土質でのため、砂埃が立ちません。そういう理由のためか、非常に空気が澄んでいて、非常に遠くまで見通すことが出来ます。約200km離れたサンフランシスコピークをはっきりと見ることができます。


 
 この公園を横切ってルート66が走っています。後ろの電信柱に沿ってあるのがルート66です。今回のドライブでもルート66を走ってみましたが、並行して走る高速道路に比べ、かなり走り難いので、すぐに飽きてしまいます。


 プエブロ原住民がこの地に1100-1200年代と1300-1400年代に2度ほど住んでいたようですが、1540年にスペイン体験隊がこの地を調査した時は誰も住んで居なかったとのことです。これらの岩はニュースペーパーロックと名付けられていました。岩に書かれた模様は何を意味するのか不明だそうです。いたずら書きかも知れません。
 当時、100個の部屋と、そこには1,200名の人が住んでいたそうです。


 くっきりと分離された白い層は砂岩で、頂上の冠は粘土質の岩で出来ています。薄黒い層にはたくさんのカーボンが含まれています。赤黒い層は鉄に色づけされた泥炭岩で、赤づんだ平坦部は酸化鉄でヘマタイト(赤鉄鉱)といわれています。
 ドライブしていると、木の化石が転がっていました。


 化石はたくさんの層の中の一つの層にあり、それが露出して転がり落ちたりして、いろいろなところにたくさん転がっています。したがって、まだまだたくさんの化石が埋まっていると考えられます。この公園が政府によって管理される前までに、ダンプやトラックでそれらの化石を持って帰り、土産に加工していたようです。


 
Blue Mesa Trail
 谷底まで歩いて下りられる道が作られていたので行って見ました。なんとも不思議な風景と、木が化石になり美しく輝いているのを見ることができました。一周5kmでした。

 
 木の化石は、周りからの強い圧力で、木の分子と石英ガラスの基になる二酸化ケイ素などの無機分子とがそっくり置き換わって、木が美しく輝くガラスに変ったもので、その断面を見ると、完全に硬い珪化石になっていることが分かります。その時入った成分の違いでいろいろな色を示し、宝石として使われています。



アリゾナ大隕石クレーター国定記念物

 ドライブしていると遠くにクレーターらしい台地が見え出しました。
 ビジターセンターには土産屋のほかに、映像館やたくさんの展示パネルがありました。
 このクレーターは約5万年前、30mもの大きな流れ星が降ってきて、地球にぶつかった瞬間、大きな大地の粉塵を巻き上げ、数百キロの動植物は全滅したようです。その直径は1300m、深さは170mもあります。
 昔は火山の噴火口と思われていて、宇宙からのクレーターだと考えたのは今から100年ぐらい前のことだったそうです。クレーターの中央には落ちてきた隕石を探巣ために掘った設備の後が見えました。

        

11日目 ワルナット国定公園、ウパトキー国定公園
      サンセットクレーター火山国定公園
      グランドキャニオン国立公園


 今回のドライブの日程に多少余裕が出来たので、フラッグスタッフに2泊し、午前中は近くにある3つの国定公園を訪ね、午後は一昨年行ったグランドキャニオンにもう一度行ってみることにしました
 今日の走行距離は388kmでした。


ワルナット渓谷国定公園




 この国定公園もアリゾナの地図で見つけ、早速行ってみました。フラッグスタッフから車で30分ぐらいの所にあります。
 ビジターセンターに行くと、双眼鏡を車の免許証と引き換えに貸してくれました。この公園の特徴は、谷の向こうに見える先住民の住居跡のようです。残念ながら、崖崩れのため、歩行路が閉じられ、ビジターセンターから双眼鏡で見るだけでした。
 当時の住民がなぜこの様な不便な崖の中に家を作ったかが書いてありました。ただし、原住民は文字を持たず、何も残さずこの地を去ってしまったので、すべて推測だそうです。
 フラッグスタッフのすぐ近くにあるサンフランシスコピークが見えます。まだ雪が残っています。


 この様な断崖に作られた住居跡を見ていると、誰しも不思議に思うでしょうし、まさに謎解きなのですが、パンフレットの一部を訳してみました。

水なしの人々
 断崖絶壁に作られこれらの住居は外部からの侵害から身を守ることが出来ます。これらは今から800年も以前の、このワルナット渓谷に永住する人たちの住家でした。人たちは渓谷や崖淵で農業や鹿の狩をしたり、役に立ちそうな食物を持ち寄ったり交換したりして暮らしていました。今日、それらの人たちはシナグア人(スペイン語で水なしの人々)と呼ばれ、水無しでも生きていける能力がこの比較的乾燥した地域を自分たちの住家にすることが出来ました。砂漠で生きる動物と同じような能力を持っていたのでしょう。
 たくさんの植物や動物の居るこのワルナット渓谷に初めて暮らしたのは、遺跡から推定するとこのシナグア人ではなく、この西南部を移動して暮らすアーチャイク人で、数千年もの間、移住しながらある季節だけこの地に暮らしたようです。
 しかし、1400年前ごろ、シナグア人が北東のフラグスタッフの岩だらけの地域から移ってきてこの地に住み着くことになりました。
 たぶんこの新参者は地元のグループから逃げ出して、独自の生活様式を生み出したと推測されます。この人たちは先住民と同じくこの地の恵まれた植物や動物に魅せられたと思われますが、基本的には農耕民族でした。
 彼らは農地の近くに縦穴式住居を作り、乾燥地でも育つトウモロコシや穀物を育てていました。
 その後、雨量が増加し、彼らの生活様式に大きな変化を起こしました。水を使用した農耕技術の進歩です。そして、シナグア人の生活が繁栄して行った頃、縦穴式住居からの大きな変化がありました。それはウパトキやプエブロやワルナットに見られる西暦1125年から1250年の間に作られた断崖の中の大きな住居です。
 石灰岩の壁に作られた自然の洞穴を利用したわけです。数百万年にわたる雨が柔らかい岩の層を削り浅い洞穴を作ったのです。
 この断崖の住居は約100年間にわたり使用されましたが、なぜ彼らがそこを去ったかは明らかではありません。西暦1250年までに彼らはアンダーソンメサの数マイル東南の新しい村に移り住みました。そして彼らの文化はホピ文化と融合してゆきました。
 シナグア人の住居は19世紀まで、そのまま保存されていましたが、1880年、鉄道が開通すると、古代遺跡からの盗難者が増えてきました。古代遺跡を守ろうとする人たちにより、1915年、ワルナット渓谷は国定公園に指定されました。
 シナグア人の話し声や笑い声が聞こえていた頃からもう数百年も経ちました。今日、あなたがこの小道を歩きながら、食べ物や水を運ぶ人たち、挨拶を交わす人たち、そして断崖に家を建てる人たちがこの渓谷と共に生きて来たことを想像して見て下さい。



ウパトキ国定公園、サンセットクレーター火山国定公園





 この二つの国定公園は25km歩と離れていますが、いずれも先住民の遺跡に重点を置いており、専用の道で結ばれています。



サンセットクレーター火山国定公園

 ここで言うサンセットは地名ですが、西暦1040年から1100年にわたって大きな噴火があり、溶岩が回り一帯を覆いました。また、小さな噴火口は数え切れないぐらいたくさんあります。ビジターセンターの近くに1マイルほどの散策路があり、溶岩の中を歩くことが出来ました。
 この噴火が、ここの住民に大きな影響を与えました。噴火は山を作り、火を吹き上げ、地震を起こし、山火事を起こし、火山灰を撒き散らし、溶岩を流しだしました。今でも先住民の住居跡の形跡がわずかですが見られました。残念ながら、いたずらか荒らされたのか分かりませんが、説明されないとこれが住居跡かという感じでした。
 どうも住居跡があると国定公園にして、保護するようです。
 残雪のあるサンフランシスコピークが見えます。



ウパトキ国定公園
 サンセットクレーター山から約20km離れた所にあります。
 12世紀から13世紀にかけて、このウパトキには約800ものこの様な住居跡があり、それらの中で、ウパトキプエブロはもっとも大きなもので300名ぐらいの人々が住んでいたようです。その人たちはアナサジ人とシナグア人でした。
 1064年の冬から1065年にかけて、近くのサンセットクレーター火山の噴火により大きな影響を受けました。
 13世紀の初めごろから、住民はここから去ってしまい、それ以来、廃墟となっています。
 遠くにサンフランシスコピークがくっきりと見えます。


 この近くにはこの様な小さなプエブロがたくさんあります。



 もっとも大きなウパトキプエブロで斜面に作られ3階になっています。はしごを使って上り下りしていたようです。
 



 今回のドライブでも昼食はほとんどがこのようにして取りました。砂漠地帯でレストランを見つけるのも大変ですし、時間が掛かるのもドライブには不向きです。




Little Colorado Riber GORGE

 グランドキャニオンに近づいた時、展望台の矢印があったので入ってみたら、入場料金を取られました。現地のインデアン達が運営しているようです。お土産やもありましたが、お客はほとんど居ませんでした。


グランドキャニオン





 今年はレンガ造りの展望塔がある東口から入ってゆきました。一昨年は中央からでした。
 グランドキャニオンを見た瞬間、その大きさに感嘆します。今まで見てきた幾つもの渓谷とは比較になりません。まさに巨大な渓谷です。コロラド川が右から左側に流れています。
 渓谷の長さは446km、幅は29km、深さは1.6kmあります。
 約7千万年前、海底が隆起しロッキーマウンテンが形成され、この地に広く広がる高原が作られました。約5、6百万年前、ロッキーマウンテンからの水がこの高原に川を作り出しました。雨は薄いたくさんの層で作られているこの高原を削り、川に流し込み、それらが大地をさらに削り、険しい断崖をもつ渓谷を作ってゆきました。氷河時代が終わった12,000年前頃の雨量は、今の10倍はあったと推定されています。



 ここからもアリゾナ州のサンフランシスコピークがくっきりと見えます。



 Grandview Point 近くからの眺めです。



 公園の中央にあるCanyon View 近くからの眺めです。日本人は怖くて手すりの無いこの様なところに入る気にはなりませんが、平気な人種もあるようです。説によるとDNAの違いのようです。


 グランドキャニオンの西側へも行ってみようと思っていましたが、フラッグスタッフにあるホテルまでは車で1時間半ぐらい掛かるので、今日はここまで見て帰る事にしました。


       

12日目 グランドキャニオン2日目とモンテズマ城国定公園
    

 今日はフラッグスタッフからフェニックスに戻るのですが、時間があったのもう一度グランドキャニオンに行って見ました。少し谷に下りたので疲れてしまい、西側に行くのは中止しました。
 フェニックスに向かう途中に、モンテズマ城国定公園の看板があったので立ち寄って見ました
 また、地図で見るとフラッグスタッフとフェニックスの中間に大きなアグアフリア国定公園があるので立ち寄ってみましたが看板があるのみで、どのような公園か、皆目分かりませんでした。
 今日の走行距離は541kmでした。




グランドキャニオン 2日目

 今日はグランドキャニオンの中心部にある入り口 Grand Canyon Villege から入りました。


 グランドキャニオンの谷に下りる道は幾つもあって、この Bright Angle Trail はもっとも良く整備され、一番良く使用されるそうです。入り口の立て札には、日帰りで谷に下りるのは危険でしてはならないと書いてありました。疲労で動けなくなり、救援隊を要請する人がかなり居るそうです。費用は想像以上に高いそうです。
 試しに20分ほど下りてみました。戻るのに1時間ぐらい掛かりました。
 


 アメリカをドライブしていると、工事などでの交通整理にはこの様な道路標識を使用します。日本の手による誘導よりもはるかにはっきりとしていて迷うことがありません。



モンテズマ城、ツジグット国定公園
  


 絶壁に作られた住居は、西暦1100年の初めごろ、南シナグア人により作られました。この住居は5階建てで、部屋が20もあります。
 この住居は地面から100フィート(30m)の高さの所にあり、近くには小川もあります。また、テラスの近くには肥沃な土地もあり、住むには適した場所でした。
 1400年代の初め、住民はこの地を捨て他の地へ移住してゆきました。その理由は全く分かりませんが、想像するに、人口が増加しすぎて資源が不足してきたか、病気のためか、グループ間の争いか、気候の変化か、もしくは信仰上の問題かなど色々考えられます。
 いずれにせよ、南シナグア人は北のプエブロ村か南のホコカン村へ移動していったと考えられます。(パンフレットより)


アグアフリア国定公園

 アロゾナ州の地図を見ていると、かなり大きな国定公園がフラッグスタッフとフェニックスの間にあり、行ってみたところ、アグアフリアの看板が出ていました。
 さらにそこから未舗装道路を15分ぐらい走りましたが、全くなにも見つけることが出来ませんでした。その上、道路がだんだん悪くなり、怖くなったので、戻ることにしました。4輪駆動車でないと無理なようです。 
 アリゾナ州にはこの様な国定公園が幾つもあるようです。

      

13日目 フェニックス植物園

 今日の予定は特にありませんでしたが、ホテルのフロントにあるパンフレットを見ていたら、動物園や植物園、川遊びなどたくさん見るところがありました。でも今日は植物園だけに行き、フェニックスのサボテンをもう一度見に行くことにしました。ホテルから25km、約30分ぐらいの所にあります。


 幾種類もの巨大なサボテンがあり、パイプオルガンサボテンもありました。サボテンに穴を開け小鳥もそれを住処としていました。



 この植物園にはその他たくさんの花も植えられており、ハーブガーデンでは良いにおいが漂っていました。


 幾つもの子供たちのグループを見ました。屋外授業のようです。


 この地では黄色い花が満開でした。日本の桜のような感じでした。色々なところでこの花を見かけました。すでに花が散ってしまっている木もありました。


 いよいよ今回の旅も無事、終わりに近づきました。明日は早い出発なので、今日の午後はもう、何処へも行かず、ホテルでゆっくりと過ごします。3ダース買ってトランクに入れておいたビールも、ちょうど今日で無くなります。
 今回の旅でもいろいろなことを知ることが出来ました。
 巨大なサボテン、国境のリオグランデ川、巨大な洞窟、純白の砂漠、スケールの大きい化石の森、そして、再び訪れたグランドキャニオン、また、パンクのトラブル。とにかく楽しい2週間でした。
 明日は来た航路を逆に戻り、サンフランシスコ経由で成田に戻ります。
 7月はシアトルを基点に2週間のドライブを計画しておりますが、もうだいたい公園めぐりも終わりに近づきつつあります。体力的にも、後どれぐらい続けられるか自分でも分かりませんが、70歳を過ぎると運転能力も落ちるそうです。
 でも、どうしてもまた、来たくなったら、こんどはゆっくりとしたスケジュールでも良いかなとも思っています。



付録 過去2年半の海外ドライブをリストアップしてみました


2005年10月 カナダディアンロッキー、バンフ、ジャスパー、ドライブの旅11日間

2006年 5月 アメリカ、ヨセミテとグランドキャニオンドライブ12日間

2007年正月 オーストラリア、シドニー、メルボルンなどドライブの旅15日間

2007年7月 アメリカ国立公園ドライブの旅 Four Corners 編 15日間

2007年9月 アメリカ国立公園ドライブの旅 イエローストーン編、15日間






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